第九十一話 「聞きなトラコ」
「わりぃ赤山、ちょっと調子狂ってた」
僕のベースの音で不安の殻が破られたイエローが、息をゆっくり吸いながら座ったまま天井を見上げる。息を吸い切ると、今度はゆっくり息を吐きながら前かがみになり、座席の後ろに掛けていたギターバックに手をかけた。
「よしっ、行くか」
立ち上がった彼の左手には、ギターが握られていた。部屋の蛍光灯に照らされ、いつにも増して黄色く輝くそのさまは、これから行う演奏への自信が現れていた。
確かに、嫌味のある人ながらもトラコとそのバンドの演奏は、暑苦しく、圧倒されるものがあった。
けれども、今の彼は想像しているのだろう。
彼女らのバンド以上の凄みある演奏ができ、乗り越えられる、と。
僕も、想像していた。
イエローと共に最高の演奏をして、一緒に乗り越えられる、と。
イエローはその右足を、僕が立っている視聴覚室の教壇に掛け、今宵のステージに登壇する。やっぱりいつも通りの落ち着きが、その足取りにあった。ただ、いつも以上に吊り上がったその口角は小刻みに震えていて、これからへの不安が漏れていた。
そんな彼を勇気づけたくて、僕は再び、けれども今度は囁くような小ささで、イエローを見つめながらベースの弦を小気味よく弾く。
対して彼はギターで、軽やかにザクザクとした音のコードを奏でてくる。音楽の知識はまだないので、どんなコードを彼が弾いているのかよく分からない。ただ、ギターを通じてこう言っているような気がした。
『心配かけて悪かった。 けど、もう大丈夫』
彼は音源再生のためのスマホをツマミがたくさんある専用の機材に繋ぐと、一緒に楽器の音の調整をする。
やがて一通り調整が終わると、イエローがボーカルマイクの前に立つ。
「聞きなトラコ、ディープ・パープルで、紫の炎」
いつも以上に激しい語気の直後、曲の始まりを告げる渋いメロディーが始まった。イントロのギアが上がるタイミングになったその時、僕はベースの音を混ぜ込む。初めて聞いた時以上の迫力が、この曲に生まれた。
さらに、イエローの想いを叫ぶギターボーカルが混ざってくる。どんな耳にも真っすぐ突き刺さり、どんな心の壁も粉砕するその力は、普段の五割り増しな感じがした。
ふと座席の方を見ると、トラコを挟むように座るセミロングの女子と楊木くんは一緒に手拍子を叩いてくれていた。例え相手であるトラコの仲間でも、心動かしてしまうくらいの力がイエローの演奏にある証だった。
ただ一人、トラコは腕も足も組んでかなりしかめた顔をしていた。




