第九十話 「変わってたでしょ」
トラコが言っていた勝負というのは、トラコのスリーピースバンドのメンバーに加え、イエローと僕だけしかいないこの視聴覚室で寂しく始まった。敢えて聴衆を呼び寄せてイエローに観客の反応を見せつけようとしないのが、むしろ自分たちの演奏に対する自信を感じる。
実際、トラコら三人の演奏は安定感がありながらも、衝動性をとても強く感じた。イエローがいた時はどんな風だったのか知らないが、少なくともドラムのトラコとギターボーカルを務めるセミロングの女子の相性は特に良く、拍のズレを全く感じさせない。
もちろん、楊木くんのベースも彼女らに負けじと凄まじくあろうとしていた。ベースの僕からすると、ボーカルのメロディーに沿わせようとする楊木くんのベースのメロディーが、かなり刺激的だったのだ。彼の演奏を見ていると常に驚きっぱなしで、釘付けになってしまうときもある。
ギターボーカルの彼女の曲間MCいわく、トラコのバンドが演奏したのはブルーハーツやサンボマスターというバンドのカバーらしいのだが、それらのバンドの曲を情熱たっぷりに、だけど情熱で暴走しないように奏でていて、侮れないものを感じた。
先程イエローを口で追い詰めようとしたトラコに対し、口じゃなくて音で実力を証明するべきだと本能的に言い返してしまったが、悔しいことに本当に音で証明されてしまった気がする。
ただ、負けるかも、ということだけは絶対に思わないようにした。
一方で隣のイエローは固まってしまっており、トラコらの演奏の合間に声をかけるも何も返してこない。完全に圧倒されてしまっており、足元の床を眺めていた。
イエローにかける言葉を探しているうちに、トラコらのバンドは最後の一曲を演奏し終え、ドラムのトラコが観客席の僕らに対して自慢げに話しかけてくる。
「どう、変わってたでしょ」
まるで、自信を喪失したイエローをあざ笑っているかのような、嫌味の混ざった言葉だった。対して彼は、うんともすんとも言えそうになかった。
そんな彼に、僕はかける言葉を見つけられない。
どうすれば彼を勇気づけられるか必死に思い返したその時、昨日の光景が浮かび上がってきた。
――言葉を掛けられないなら、”音”を掛けるしかない。
僕はケースから出したベースと共に席を離れ、楊木くんが使っていたベースアンプの前に立つと、赤の柄をベースのソケットに挿しこみ、赤い光の線でベースアンプのソケットとつなぐ。
竿の先端のねじを回して軽くチューニングを済ませると、イエローと、未だドラムセットの所でイエローをあざ笑うトラコの間に立ち、ピックで弦をかき鳴らして即興的に太い音を部屋中に響かせた。
イエローの、いつもの勇気を呼び起こすために。
ひたすらにヘドバンしながら、シンプルでパワフルなメロディーを彼の耳に真っすぐ届ける。僕がここで一緒に居るから大丈夫だと、伝えたかった。
それが報いたのだろうか。ヘドバンで縦横無尽に揺れる視界に一瞬映ったイエローは、俯くのをもうやめ、立ち上がっていた。
いつも通りの、演奏時に度々見せる自信満々な笑顔が、彼の顔に現れていた。




