第八十八話 「来たね、イエロー」
翌日の放課後、楽器を背負った僕とイエローは、軽音楽部の部室でもある視聴覚室の前にやってきた。イエローへの伝言を頼んできた女子と今朝、昇降口でばったり会った際に、もしイエローが受けて立つ気になったらそこへ来るように言ってきたのだ。闘争的な昨日と違って素っ気ない口調が、かえって怖かった。
この分厚い扉を開いた先にあの女子と再び対面すると思うと、取っ手を開く僕の手が震える。どうやらイエローも同じみたいで、僕の背中に隠れるように背を丸めていた。昨日掘り起こされたトラウマが、今になって圧し掛かってきているようだった。
昨日は、共に彼女と向き合おうと決心したというのに。
◇
『やるしか、ないよな。 けど』
一瞬覚悟を決めたイエローのインターホン越しの言葉が、不穏な接続詞と共にさらに続く。
『またあれが起きると思うと……』
ギターを壊されたことはもちろん、理不尽に無視をされたり、あるいは飛び掛かってくるかもしれないことを、彼は未だに怖がっていた。
そんな彼がどうもらしくないと思えてしまい、勇気づけようと、こんな約束をした。
「僕の赤の柄で守るよ。 ギターも、イエローも」
『え?』
「それなら、怖くないでしょ」
しばらく沈黙したのち、インターホンのスピーカが震えてイエローの声が再び出てくる。
『確かにそうかも』
「じゃあ一緒に乗り越えようよ。 あの時のこと全部を」
◇
こんなことを昨日交わしたにも関わらず、情けないことにお互い扉の取っ手を掴めずにいた。すると僕の背中に隠れるイエローがこんな提案をしてくる。
「なあ赤山、一旦ちょっとだけ開けて、中見ようぜ」
いつもギターを演奏するときのカリスマ性をまるで感じさせない、小さな声だった。
確かにイエローの言う通り、いきなり扉を開けていきなり目が合うよりかは、中の彼女の様子を伺ってからの方が良いと思えた。
蝶番を軋ませて音をたてないように、視聴覚室の扉をゆっくり開ける。隙間からは、部屋の長机に腰掛ける二人組の背中が辛うじて見えた。片方は長めの髪をポニーテールに結って整えており、今朝会った彼女の髪型に似ている。その隣には、セミロングの髪型をした女子らしき人物がいた。二人とも互いの背格好がよく似ていた。
「なあトラコ、なんか変だぞ」
セミロングの人物が、ものぐさな感じでポニーテールの人物に話しかける。イエローと因縁がある、今朝会った彼女はトラコというみたいだ。
「私は、いつも通りだけど」
「じゃあなんでそんなカッカしてるんだよ」
「別にそんなでもないでしょ」
そう返す彼女は荒っぽい口調になっており、貧乏ゆすりをしていた。対してセミロングの子は、けだるげに言葉を続ける。
「今までアイツのことなんて考えないって決めたはずなのに、いきなりどうしたんだが」
そういいながら彼女は、手にしたペットボトルのジュースを掲げると、照明の光に透かして眺める。
「トラコさ、昨日演奏見てイラついたって言ってたけど、アイツが中庭で演奏してるなんて何回か見かけてるじゃん」
「あの時はなんかこう、イエロー見つけた瞬間に、今までに無いくらいにめっちゃイラついたんだよ その……」
トラコがさらに言葉をつづけようと言葉を探していると、温かいながら細かく震える何かが、背中に圧し掛かってくるのを感じた。部屋で二人が何を話しているのか聞こうと、前のめりになったイエローの胸部が当たっていたのだ。
その時、僕は耐え切れずバランスを崩し、前のめりに倒れる形で扉にぶつかってしまい、そのまま思いっきり扉を開けてしまった。
いきなり扉が開いたことに、部屋で腰掛けていた二人はすぐさまこちらを振り返る。
「来たね、イエロー」
トラコが、視聴覚室の床に倒れた僕たちを睨みつけてきた。




