第八十七話 「やるしか、ないよな」
『壊された『テレキャスくん』は初めて買ってもらったギターだったから、壊されたときは、それはもう……』
インターホン越しのイエローの声が、だんだん涙ぐみ始めた。一瞬、無理言っちゃってごめん、と言いそうになったが、ぐっとこらえる。普段は臆することなく人前でギターを弾く彼が、唯一抱えるトラウマを、それも掘り返してでも話してくれたのだ。
ごめんなんて言って少しでも自分の罪悪感を軽くするのは、彼と向き合うのをやめて逃げ離れようとしているのと同じだ。
もしも僕が、彼に対して掛けられる言葉があるのなら、どんなに良かったことか。何か言えば、へばりついてきた彼の辛さをあたかも他人事だと捉え、自分から洗い流すことになってしまいそうだ。
だから僕は、口を動かさず、心を動かすことにした。
イエローのテレキャスくんの死を、一緒に哀しんだのだ。
彼にとってギターを壊されることは、きっと僕で言うところの、赤の柄やベースを壊されるのと同じだろう。誰かと繋がるために大切にしてきた物を壊されてしまうなんて、残酷だ。ましてや、今まで自分のことを無視してきた人に壊されるなんて惨めすぎる。ギターを壊すと言ったら派手に音が立つなりですぐにばれそうなはずなのに、バレずにやり過ごしたのが余計に胸糞悪く思える
バンドの演奏について訴えたことが、ドラマーの人や他のバンドメンバーにとってはしつこく思われたのかもしれない。でも曲へのこだわりが強いイエローのことだから、きっと演奏をよくするための指摘だったのだろう。
彼の言う通り、当時のバンドにいることはまるで拷問場で苦しむことのように思えてきた。現状を変えようと何度足掻いても、バンドのメンバーは何も変わってくれなかったのだ。
そう、あの時は変わってくれなかった――
「変わってくれなかった」という言葉で、思い出したことがあった。
「あの時から私たちは変わった、だから、勝負したい、って」
イエローを震え上がらせた彼女からの伝言だ。
もしも、イエローの指摘を飲み込めるようになった、という意味で変わったのだとしたら、イエローも僕も、あの過去を乗り越えられるのかもしれない。
ただ、この言葉を言った時の彼女は、何かに駆られて血の気立っているような感じがした。特に「勝負したい」と言っていたのが引っかかる。きっとドラム無視してギターソロを弾かれた雪辱を晴らしたいのかもしれないが、果たしてイエローはそれを受け入れ、勝負に応じるだろうか。
いや、そういう問題じゃない。
過去を乗り越えるために、かつてギターを壊した人と勝負するべきかもしれない。
「ねえイエロー、そういえばこんな伝言を、イエローが逃げたあの人から預かってるんだけどさ」
『……なんて言ってたんだ?』
伝言通りの言葉を伝えると、彼はこう返した。
『やるしか、ないよな』
僕たちのこれからを大きく分ける決断が、その言葉にあった。




