第八十二話 「まずはあの子」
「え~! じゃあつるぎ、ガチのマジのほんとに委員長に立候補したの!?」
「そうだけど」
昼休みの食堂にて、文化祭実行委員長に立候補したことを言うなり、向かいに座る叶はすすっていたジェノベーゼパスタでむせつつ、大きな感嘆を挙げる。元々彼女の声は結構通る方なのに、あんまりにも大きすぎるので、食堂中の視線を集めてしまい、少し恥ずかしかった。
「じゃつるぎぃ、ウチらのバンド、文化祭後のトリにもして!」
そこに、食堂で購入した料理をトレーで運び、寅子と共に通りかかった喜多子がダル絡みしてきた。寅子は品行方正、喜多子は着崩して親しみやすい、といった感じの制服の着方をしている。
そして彼女が言っているのは、文化祭終了後に開催される後夜祭のシメのバンド発表のことだ。個人的には、シメにはダンス部や吹奏楽部の発表でもいいと思うのだが「文化祭といえばバンド」ということで、なぜかバンドなのだそうだ。
以前に喜多子から聞いたところ、後夜祭でのバンド発表は有志による普通のステージ発表と違い、実行委員や先生に推薦されて初めて発表ができるシステムなのだが、毎年推薦されるのはたった一バンドだけであるうえに、推薦されるということは全校生徒を盛り上げられるバンドの証明にもなるため、軽音楽部の部員の間で憧れとなっているらしい。
「いや、それでトリになれたらズルじゃない」
喜多子のお願いに対し、寅子が後ろから呆れ気味にツッコんでくる。彼女の言う通り、委員長の権限を濫用し、知り合いだからという理由でハートアタックを推薦してしまったら疑惑をかけられるだろう。
そんな会話を交わしたのち、彼女らはあたしと叶の隣にそれぞれ料理を載せたトレーを置き、席に着く。喜多子の所にはガッツリ系なラーメンが、寅子の所にはおしゃれ系なクラブハウスサンドがあった。
「ね~、毎回思うんだけど、喜多子ってぜんぜん太らないよね」
山のような喜多子のラーメンを眺める叶が、素朴な疑問を吐く。彼女は毎回、カロリーの高そうなものをお昼に食べるのだが、どういう訳か太らないどころか、スレンダーな体形が維持されているのだ。
「そりゃ、魂燃やしてバンドやってるわけだからな」
斜め上な回答が返ってきてしまい、思わずあたしは叶と共に、小さく笑った。カロリーを魂にも使えるのは、いかにも彼女らしい。
「ちなみにつるぎって、なんで委員長に立候補したの?」
不意に寅子から、質問が投げかけられてきた。
「それは、叶の影響かな」
少し間をおいて、あたしはそう言った。
実際のところ確かに、委員長に立候補することを決めたのは叶の一押しによるものだ。ただ、ヒトミの影響でもあることを、できれば話したかった。
しかし、そもそも実行委員会に関心を持ったきっかけが「中学時代に傷つけてしまった相手であるヒトミと再会したから」なんて言ったら、どんなリアクションをするべきか分からなくなるだろう。しかも、同じ中学校だった喜多子と寅子もヒトミのことは知らないはずなので、気まずくなることが目に見える。
こんな風に何かを隠すのは果たして良いのか、疑問に思える自分がいた。
隠すといえば、特に喜多子と寅子に対しては、ゴールデンウィーク中に同じ中学校の彼とも出会ったことを隠していた。
もしも彼女らが彼と再び出会ってしまったら、どう思うのだろうか――
◇
「まずはあの子、かな」
学校の敷地内のとある木に、その少年は佇み、窓越しに中の食堂の様子を伺っていた。
「この柄で他にできることがあるといえば…」
考え込む少年の手に収まった白の柄は、良からぬことに使われることを、まだ知らなかった。




