第八十話 「ブルーハーツで、リンダリンダ」
「お願いしま~す」
ゆるい一言と共に、喜多子が係の方に案内されたバンドスタジオに入ってゆく。続けて寅子、楊木くん、叶、あたしも、ぞろぞろと足を踏み入れた。
「それじゃあつるぎは、定点カメラみたいな感じで奥の方から、全員の顔が映るように撮ってほしくて、叶は、私たちそれぞれに近づいて撮っていく感じでお願い」
「了解」
「わかった~」
「じゃあ、お願い」
喜多子と楊木くんがケースからギターやベースを取り出し始める中、寅子はカメラ役の私たちに対して的確に指示を出し、対してあたし達が応答すると、そのままドラムの方に向かって行った。
あたしは指示通り部屋の奥の方に立ち、スマホのカメラアプリを起動させると、画角を調整する。喜多子、寅子、楊木くんの三人は部屋を広く使うためか、お互い距離をとったところに立っていたため、三人とも画角に収めるようにするためには工夫する必要があって苦労した。
カメラ画角を通して三人が準備する様子を見ていると、いろいろ気づくことがあった。
寅子はドラムの調節用のねじなどをゆっくりと丁寧に回しているのに対し、喜多子はギターの竿部分の先端のねじを素早く雑に動かしている印象がある。楊木くんはというと、ベースの竿部分の先端のねじを、それも寅子さんよりも緻密にゆっくり動かしている感じがした。
彼らの性格が準備に分かりやすく表れており、不意に少し可笑しく思えて鼻で笑ってしまう。
その後、ツマミなどがたくさんある「ミキサー」という機材を使ったボーカルマイクの音量調整、そして各楽器の音量調整が済んだところで、立ち位置が真ん中の喜多子が声を上げる。
「いけっ、寅子!」
彼女の野蛮な一言で暴力的なビートが刻まれ始め、途中でシンバルによる衝撃が走った直後、そのバンドは各々の楽器で雄たけびを挙げ始めた。
「ハートアタックです! よろしくお願いしまぁーす!」
楽器たちの雄たけびの最中、喜多子は他の音をかき分けるように声を張り上げ、全身全霊の口上挨拶をする。
喜多子は、続けて叫ぶ。
「ほんじゃ行くぞッ!」
喜多子のシメの一声で、楽器たちは静まり返る。
「ブルーハーツで、リンダリンダ」
同じ人とは思えないような、気の抜けた曲題宣言、脆い歌声による出だしと共に、その曲は始まった。
最初は力なき者の嘆きの歌に聞こえたが、直後、そんなことは無くなる。それどころか、曲を通して喜多子が歌い上げる愛や優しさには、聞く人の心にしっかり刺さる力があった。さらに、寅子によるドラムをやりながらのコーラスが、双子で同じ声質なのもあって喜多子が放つ想いをしっかりと後押していた。
こうしてハートアタックは、ブルーハーツのリンダリンダをはじめとする昔の邦ロックを歌い、奏であげていった。
昨日は山吹のギターと赤山のベースによる言葉なき共鳴を聞いたが、このバンドにはそれとはまた違う良さがあった。山吹と赤山のが、まるで事前に計算されつくされたかのような緻密な息合わせなのだとすれば、彼女たちのは衝動性を露わにして音をぶつけあう、暴れた息合わせだったのだ。
さらに、そこには惹かれるものがあった。知らず知らずのうちに、見ているあたしの衝動性までも引き出され、胸の内で息を合わせ始めていたのだ。何度か彼女らのバンドの撮影をしたり、ステージを見たりしたことはあったが、前よりも一層惹かれた気がする。
「これで今回の文化祭も、見てくれる人達を喜ばせられるな!」
ギターボーカルとして歌い切った喜多子が、自信満々に胸を張る。全力で歌ったはずの声は、全く枯れていなかったが、彼女の一言で他にも気づいたことがあった。
文化祭とは、誰かを喜ばせることが、何よりも大切。
ならば文化祭実行委員長とは、誰かを喜ばせられるような力を持つ必要がある。
例えば喜多子か、あるいは喜多子以上に。
楽器をしまうなりマイクなどの機材を片付けるなりして、彼女たちがスタジオからの撤退準備を始めている頃、あたしは頭の中で文化祭の公約をまとめ上げていた。
さらに、今日の喜多子たちの姿を通して、ゴールデンウィーク後に行う文化祭実行委員会の立候補者スピーチを、どんなものにしようか想像していた。
◇
この時、あたしは知る由がなかったが、このビルの屋上の端にて、二人組が腰かけていた。
「なかなかいい一週間だったな」
そう呟くのは、黒甚兵衛を着た長い黒髪の男。屋上の端から身を乗り出し、振り返るように街の風景を眺めている。
「だね。 『じゅん』はほとんど家を出なかったから、彼の独白をあまり知れなかったけど、つるぎについては知れたよ。 しかも、黄の柄の使用者についても」
白甚兵衛を着ている、目を閉じた少年はしゃがみこみ、屋上の地面をひたすらに見つめていた。
「これで、彼らの関係をおかしくできそうな気がするよ」
言葉を続ける少年の両手には、それぞれ白の柄と、黒の柄が握られていた。
高笑いを交えつつ、男は締めくくるようにこう言った。
「まさに黄金のように、価値のある一週間だったわけだ」




