第七十五話 「山吹家郎と知り合いだったの?」
「その、この家に住むヤマブキ・イエローに認められたくて、ベース持って彼の家に来てみたんだけど……」
赤山は弱弱しく言いながら、後方で塀に立てかけた、ベースが入っているであろう黒いケースを眺める。何があってヤマブキという人物に、どんな手段で認められたいのかよく分からないが、彼の眼は不安で揺れ動いているように見えた。
「その、認めてもらうっていうのは?」
「……ベースの演奏を見てもらいたかった」
捻りだすように言った過去形のセリフは、無理やり自分を誤魔化し、あきらめをつけようとしていた。
まるで、あの時から逆戻りしているような――
「僕は変われる。 そしてこの地を守れる」
高らかに宣言した時の、真っすぐで凛とした眼差しがどこへ行ってしまったのかと心配になってくる。
無性に、じれったさがこみ上げてきた。
赤の柄を所持してもらおうと心に決めた際の彼は、絶対に自分を前へ進めようとする勇気を感じたのに、今は、それをにじり消すことに全力になっているのだ。
赤山の感じからして、ヤマブキとはそこまで親しくなれていないのか、あるいは親しくなりすぎてベースの演奏を見てもらうのが怖いのだろう。そんな中、いきなり他人の家に入ったり演奏を見てもらったりするのは、ヤマブキという人物にとっても迷惑だろう。
でもあの時「変われる」と言い放った真っすぐな彼なら、やっていてもおかしくない気がした。
「じゃあ、そのヤマブキっていう人に、演奏を見せてもらえばいいじゃん」
もう我慢できなくて、冷たい言葉をぶつけてしまう。
「演奏、見せる、って?」
「そのまんまの意味。 だからわざわざここに来たんでしょ? それとも何か理由があるの?」
「彼に、迷惑かけるかもしれないし」
あの時の赤山なら、言葉通り本当にそう思っているのかもしれなかったが、今は他人のせいにしているようにしか聞こえなかった。もうヤマブキの所に来ているにもかかわらず、この期に及んでそんな誤魔化し方をするのは、腹立たしかった。
「……あんたらしくないよ」
内心とは裏腹に、あたしの声は力なかった。
「らしくない、って?」
「変われるんじゃなかったの? それで誰かと友達になって、助けて、この地も守れるんじゃないの?」
自分でもわかるくらいに、赤山に対してぶつける語気がだんだん強くなってきてしまう。
そして遂に、もう抑えられなくなった。
「今までの赤山は、どこ行ったの?」
とにかく、目の前の赤山が、あの日信じて柄を渡した赤山とは思えなかった。
あんまりにも言葉が強かったのか、赤山はしばらく自らの足元を重苦しく見つめるが、その後頭を軽々と起こす。
「ありがとう青海さん、思い出したよ」
あの時の真っすぐで揺るぎない眼が戻ってきていた。
赤山は立てかけていた、ケースに入ったベースをすぐさま背負うと、堂々とインターホンを押す。
「ヤマブキ・イエローはいますか?」
彼がマイクに問いかけると、機械のノイズ混じりの声が返ってきた。
『赤山? なんだよ?』
そのぶっきらぼうな癖のある口調で、あたしは思い出した。
赤山の言うヤマブキ・イエローという名前をどこかで聞いたことがあったのだが、あれは中学二年か三年の頃の、文化祭の時に聞いていたのだ。
「ねえ赤山、あんた、山吹 家郎と知り合いだったの?」
どういう縁なのか赤山が山吹 家郎と関わりを持っていることに、ただただ驚きを隠せなかった。




