第七十三話 「幸せを作る」
色生神社やあたしの家から歩いて15分ほどの所にある色生ニュータウン駅の、その駅前の商店街にはとにかく色んなものが揃っている。
スーパー、薬局、カラオケがあるのは言うまでもないが、叶とちょくちょく行く和菓子店や洋菓子店、時々喜多子と寅子に連れられる楽器店、陸上系の運動靴や道具を特に取り揃えたスポーツ用品店、そして和服店などが軒を揃えていた。
特に和服店は、あたしの甚兵衛やお父さんが普段着ている和服を購入させてくれた店で、今も和服が汚れたり痛んだりした際には頼りにさせてもらっている。本当は店主のお婆さんに挨拶したかったところだが、ちょうど今日は定休日なので諦め、そのまま通り過ぎて行った。
お父さんから買うように頼まれた、スズメバチ撃退スプレー、クマ除けスプレー、規制ロープなどは、商店街のうち、屋外用品を主に取り揃える個人経営の商店にあるので、足を踏み入れる。最後に来たのが二年位前だったので、かなり久しぶりに店内の光景を見た気がする。
相変わらずの小奇麗さと目的の物を見つけやすい商品の置かれ方により、探すのは特に苦ではなかったので、そのまま会計しようとレジへ向かった。ところが、店長である三十代くらいの男の人とレジカウンターで目を合わせたその時、前来た時と違うところがあるのに気が付いた。レジカウンターの裏側が前よりも賑やかで、前は無かったはずの赤ちゃんの泣き声が聞こえてくるのだ。
「もしかして、家族が増えたんですか?」
何気なく聞いてみると、店主は食い気味に応じてくれた。
「そうなんですよ~! 自分、去年結婚しまして」
「そうだったんですね~、おめでとうございます」
「はい、ありがたいことに! よかったら、うちの子に会わせましょうか?」
あたしの返事を聞く前に、店主はレジカウンターの背後にある部屋へ入っていった。おそらく、居住スペースの内の居間のような部屋だろう。
正直、店主さんの反応がちょっとオーバーで困ってしまった。おそらく、自分が成人するまであと2歳とはいえ、結婚したり誰かと家庭を築いたりすることを、未だあまり理解できずにいるのだろう。
今朝の巫女のバイト中に会った少年といい、あるいは喜多子の願掛けと言い、誰かを愛したり愛されたいと思う気持ちがよく分からずにいた。
しばらくして、店主と、彼の妻が部屋からレジカウンターの所へ戻ってきた。妻が抱いている赤子は、小さな顔に付いた頬が膨らんでおり、小さくて短い手をこちらの方へゆっくり動かしてくる。人でありながらも、まるで人よりも柔らかくてか弱い存在を見ているようだった。これが、愛らしさだったり、食べちゃいたいくらいの可愛さだったりするのだろう。
ふと、視線を赤子から店主夫婦の方にずらすと、ちょうど凄まじい光景を目撃してしまった。
一瞬だけだが、店主と妻が、お互いの口を軽く突き合わせていたのだ。
言うなれば、キスだ。
どちらの方からやってきていた、という訳でもなく、お互い唇を近づけていくような感じだ。まさか絵にかいたようなアツアツなカップルに出会うとは、思わなかった・
一方の二人はというと、キスした後、何も言葉を交わさずに、静かに互いの目を見つめ合う。否、彼らにとって言葉以上の何かをすでに交わしたのだから、そんなものは必要ないのだろう。胸いっぱい幸せが笑みとなって、二人の表情から溢れているのが、傍から見ていてもよく分かる。
その時、なぜなのかとても羨ましく思えた。
とてつもなく大きな幸福感に、あたしも巻き込まれたからなのか。
あるいは単に赤子が可愛かったからなのか。
それとも、今のあたしは実は足りないものがあったからなのか。
喜多子のようにモテたい人の気持ちを、なんとなく体感した気がする。そしてもしも、モテたい人が何かがきっかけでモテることができたら、どうだろうか。
たとえば、文化祭がきっかけでモテることができたら――
その日の夜のあたしは、公約を書くためのメモ書きに「異性がお互い出会うきっかけになるようなイベントを開催し、幸せを作る」と書いていた。




