第七十二話 「モテますように」
「最近聞いたんだけどさ、色生神社って声に出して願掛けすると、叶うんだって」
「へえ、でもそんなことするなんて、ちょっと恥ずかしくて私はできないかも」
「え~? ウチら、いつもステージ立って人前で爆音出してるのに、恥ずかしい?」
「だって、神社とステージは違うじゃない」
この黒デカTと白デカTの二人組は、あたしは知らないはずが無かった。何を隠そう、昨日のフェスに誘ってくれた喜多子と寅子だった。
気だるげな一方と淑女な他方による、楽しそうな雑談が境内で聞こえてくるたび、あたしの神経一本一本がピリピリして気が滅入りそうだった。
白衣に緋袴をまとっている、この巫女のバイトの姿を知り合いに見られてしまうのは、正直のところ結構恥ずかしい。できれば二人には、あたしが居る境内の事務所の方に近づいて来て欲しくないと願いばかりだ。
幸いなことに、この色生神社の御守りのうち、芸能や音楽に関する御守りは無いので、彼女らが御守りを頂きにこちらへ来ることは無いだろう。とはいえ、やっぱり不安は拭えないので、あたしは顔を見られないように、気持ちうつむき気味になった。
「神社とステージは違う、ねぇ……確かに寅子の言う通りだな。 ステージでやって良いことをここでやっていいとも限らないし。 ま、ウチは口に出すけど」
「やっぱ私も口に出そ」
「結局出すんかい」
そんな会話を交わした二人は、二礼二拍手すると、共に口を開く。
「ウチらの」
「私たちの」
「「バンドが今年も文化祭に出れますように!」」
それぞれの口から、一人称以外の一語一句が違わない願掛けが放たれた。双子らしく同じことを考えていたようだ。
願掛けしたところ申し訳ないが、色生神社は芸能と関係のある神社かと言うとちょっと違うので、本当は別の所でするべき願いだと思う。
「そしてモテますように!」
先程の願掛けに加えて、なんと喜多子は追加でもう一回願掛けしてきた。気だるい上に色々貪欲なのは、バンドマンの良くない所も持ち合わせている喜多子らしいと思う反面、もし今、巫女のバイト中でなかったら、二つも願掛けするのはさすがに欲張りすぎだと注意したいところだ。
「ほんと喜多子、良くないクセが出ちゃってるよ」
「え~、良いじゃん別に。 ハングリーぐらいがちょうどいいでしょ」
「……そのままだと将来、ロクな目に合わないよ」
喜多子に対して感じていることがあたしと一緒なのか、寅子も呆れた様子だった。
二人はその後、事務所の窓口の方に視線を向けることなく、境内を後にする。
彼女たちが去って行っても、あたしの中では、喜多子の二つの目の願掛けが引っかかるように記憶に残っていて仕方が無い。
「モテますように!」
どうもあたしにとっては、他人事やくだらない事のようには感じられない願掛けだった。まるで「モテたいと思わないの?」と、純粋な疑問を真っすぐぶつけられてくるような、鋭い針が胸に刺さる感じがする。
そもそも、一体自分はどんな人にモテたいのかすらも考えたことがなかった。強いて言うならば常識的で優しい人にモテたいが、おそらくそんな平凡な人はごまんといるだろう。
自分が何なのか、煙に包まれてあやふやになってきた気がした。
そんな時、境内の裏の方などで作業をしていたであろうお父さんが、ヘトヘトになりつつ事務所に入ってくると、買い出しのお願いをしてきた。
どうやら、これから夏に出没するであろうスズメバチやクマを対処するグッズや、混雑時に人の流れを整理するための規制ロープなどが追加で必要になったそうだ。
事務所の番はお父さんが引き受けてくれることになったので、あたしは巫女の服装から私服に戻っていつもの甚平を羽織り、対処グッズやロープなど各種グッズが揃う駅前の商店街へ買い出しに向かった。




