第六十四話 「私が弾きましょうか」
「あの、ここでバイトとして働かせてください!」
店長さんの目をしっかり見て、僕ははっきりとお願いした。対して店長さんはきょとんとした様子になりながら、こんな質問をしてくる。
「その……大学生でしょうか?」
「いや、高校生です」
「そうですか。 申し訳ないのですが、こちらとしては高卒以上でないとバイトとして採用することはできないんです」
ヤマブキ・イエローの楽器を点検するにせよ、あるいは共演するにせよ、何かしらの形で彼を支えるという未来は、崩れる音を盛大に立て、崩壊し始めた。
――相変わらず独房に入れられたまま文化祭を迎えることになってしまいそうだ。
そう思った矢先、店長さんは僕に対し、さらに話しかけてくる。
「ちなみになのですが、なぜ、ここで働きたかったのでしょうか?」
採用できないと言っておきながら、なぜ動機を聞いてくるのかまるでよく分からない上に、死体蹴りされるような悔しさがこみ上げてきた。
「ここで働いてギターのことをよく知って、お給料を使ってギターを始めたかった、から」
妙な怒りを覚えつつ答えた。
一方、店長さんはこちらから視線を外しつつ、優しい笑みをこぼす。
「……だいぶ振り切ったことしてますね」
一層落ち着いた声を漏らしていた。
店長さんは僕の方へ視線を戻すと、また優しく話しかけてくる。
「もしギターを手に入れたら、どういった曲を弾かれますか?」
「レインボーの、ザ・テンプル・オブ・ザ・キングとか、ディープ・パープルの、紫の炎とか」
イエローが学校の中庭でのストリートライブで言っていた曲名を思い出しながら、口に出す。
「かなりシブいですね。 リッチー・ブラックモアさんが好きで初心者向けとなると、こちらの方に置いてあるストラトキャスターがオススメですね」
何やらカッコ良さそうな人物名を言いつつ、店長さんはお店の一角に僕を連れて行くと、そこには左右非対称の燃え上がる炎のような形をしたギターが、色とりどりにたくさん置かれていた。
他方、その向かい側には弦が四本だけで竿部分が普通より明らかに眺めのギターが何本か置かれている。以前、イエローが弾いていた、弦が四本だけの赤黒いギターの仲間だろうか。
「あの、こっちの方に置いてある、弦が四本のギターって、何ですか?」
「これはベースですね。 ギターよりも低い音を出す楽器で、これがあるとバンドの音に迫力が生まれます」
説明し終わると、店長さんは何かを思い出したように「あっ」とつぶやき、こんな提案をしてきた。
「お客様はディープ・パープルも弾きたいとおっしゃられていましたが、最近リッケンバッカーのベースのコピーモデルが中古で入ってきたので、よかったらご試奏なされますか?」
リッチー・ブラックモアといい、よく分からない言葉が再び耳に入ってくる。コピーモデル、というのはなんとなく意味が分かる。おそらく偽物みたいなもので、合法ではなさそうな感じがする。しかし、リッケンバッカーとは一体何なのだろうか。
「あの、リッケンバッカーって?」
「アメリカのメーカーさんですね。 お客様がおっしゃられていたディープ・パープルのベーシスト、ロジャー・グローヴァーさんがこのメーカーのベースを使っていることで有名ですし、他にはビートルズの皆さんの使用でも有名ですね」
聞きなじみのない言葉の数々が、相変わらず押し寄せてくる。ベーシストは言葉の響きからベース奏者のことだろうし、辛うじてビートルズは聞いたことがあったものの、ロジャー・グローヴァーはピンとこなかった。
「それで、リッケンバッカーのコピーモデルのベース、ご試奏なされますか?」
「いや、自分そういうの弾けるかよくわからなくて、それにお金も……」
「でしたら、私が弾きましょうか」
「あ、はい」
そう言うと店長さんは、おそらく楽器を取りに店の奥の方へ行ってしまった。
一人になったところで改めて今の状況を振り返ってみると、曲りなりにも、着実にイエローを支える未来に近づいて行っている気がして、嬉しくてたまらなかった。




