第六十三話 「バイトとして働かせてください」
職人気質なのか気難しい顔つきをした店員さんは、先程点検を終えたギターを専用のスタンドに立てかけ、張られた弦と竿部分の間に値札を挟みこませると、隣の別のスタンドに置かれていたギターを手にし、再び点検を始めようと作業台へ持って行く。
もしここで声を掛けられなければ、きっとここでバイトできない。だが、果たしてあの店員さんみたいに、楽器をしっかりと点検できるのか、そしてこのお店にふさわしい者になれるか、不安が残る。
そうこうしているうちに、店員さんは持っていたギターを作業台に置き、再び点検を始めてしまった。
一度作業を始めてしまったら、どれくらいで点検が終わるのか分からない。だから、すぐにでも声をかけるべきだった。
あんなふうに、点検に集中してしまう前に。
しかし、時間はある。店先には「営業時間:11時~19時」と書かれていたが、店内の壁に掛けられたデジタル時計を見ると17:14と表示されていたのだ。
まだ声をかけるチャンスはあるのだと自分に何度も言い聞かせるが、それとは裏腹に、本当に今度こそ声を掛けられるのか、自分自身に対して疑心暗鬼になっていた。多くのシワを顔に刻み、手際よく点検するあの店員さんのように、この楽器店にふさわしい人間に自分もなれている姿を想像できなかったのだ。
これ以上悩むのが辛くなってきた僕は気を紛らわそうと、専用のハンガーのような器具に吊るされ、壁に掲示された色んなギターを見つめた。
燃え上がる炎のような形状の物に、一部が欠けた瓢箪のような形の物、ヤマブキ・イエローがもってた四弦ギターとほとんど同じ形状の、悪魔の角のような意匠を含んだ赤黒い物まで色々あり、退屈しなかった。
ふと、見つめていた赤黒いギターの、ボディ部分から竿部分に付けられた値札に視線を移すと、恐ろしい数字が書かれていた。なんと6,6666円と書かれていたのだ。悪魔の数字とされる6が連続して並んでいるということで不吉だったが、それ以上に万に届く値段の桁数に圧倒されてしまった。ギターを買うこと、そして、仮に店員さんとなった暁にギターを点検することが、いかに重いことなのかを語っているようで身がすくんでしまう。
意図的に視線を右側にずらすと、そこにはA4サイズの写真が額に入れられて掛けられていた。平成初期に撮影したのか色褪せているそれは、この楽器店の前でピースする青年を映している。今まで来たお客様のうち、この楽器店とかなりつながりの深い人物なのだろう。
青年の顔を見つめれば見つめるほど、幼気な笑顔をした彼の顔つきは、なぜだかどこかで見たことあるような気がした。
会ったことのないはずなのに、つい最近見かけたような。
それこそまるでたった今見掛けたような、そんな気がしてならない。
特に、額の特徴的なY字のシワは見た気がする。
――まさかかもしれないが、もしかすると。
ふと後ろを振り返り、真剣に作業を行っている店員さんを見てみる。大まかな顔の輪郭や顔のパーツ、何よりも額のY字の皺が全部写真の青年と一致していた。
どうやらあの写真は、お店を開いた時の写真だったみたいだ。
つまるところ、あの人はこのお店の店長だということになる。
だが逆に考えると、気難しい店長さんは、かつては今の姿から想像できないくらいに溌剌とした青年だったのだ。
そう思うと、なんだか親近感が湧いてきた。
店長さんは今、ギター点検をしているが、今なら声を掛けられる気がする。そしてこの気持ちは、抑えるべきではない。いつまたためらい始めてしまうか、分からないから。
気づいた時には、僕は作業する店長さんの元へ行き、声をかけていた。
「あの、すみません」
「どうされましたか?」
深みがある、落ち着いた声を出すとともに、作業を一旦中断してこちらへ顔を向ける。
対して、僕は盛大にとあるお願いをした。
「あの、ここでバイトとして働かせてください!」




