第六十一話 「ギター始めたい」
「お前にはあくまでも楽しんでいて欲しい。 手伝いとかは、別に大丈夫」
イエローが文化祭で演奏するのを手伝おうとした矢先に返された言葉を、放課後になって帰路についた今でも、頭の中でこねくり回すように反芻していた。
彼が拒絶のつもりで言ったわけではないはずなのに、胸の内に疑わずにはいられないような違和感が残っていて、仕方がないのだ。どこか、イエローが僕との距離を遠ざけようとしてくるような気がする。
そういう対応は、そう言うこともあるものだと、受け入れるべきだろう。
しかし、後ろから嫌なささやき声が聞こえてくる。
分かっている。これは人の声なんかじゃないことは。学校から出たところにある道を、今は僕独りだけが歩いており、僕の耳元へ近づいてくるような人など、周りにいないのだから。
紛れもなく、それは本能だった。
初めて赤の柄を掴んだ際、青海さんと険悪な雰囲気になって半ば戦いになり、昨日ヤマブキ・イエローへの書類が入った茶封筒を受け取った際、一旦預かろうとしてきた担任の先生に口答えしてしまったのは、全部本能のせいだ。
本能は、僕の脳裏に浮かんだ状況的にやってはいけないことや言ってはいけないことを、あろうことか無理やりさせるような困った存在だ。しかし同時に、本能のおかげで赤の柄を使わせて頂いており、イエローに茶封筒を先生から受け取り忘れず届けることにも繋がったので、良くない存在なのかというと決してそういう訳ではない。
今度の本能は、こんなことをささやいていた。
「一緒にギター……」
もし後ろからささやいてくる本能が人の姿をしているなら、真っ先に顔を殴りたかった。ただでさえギターなんてまともに弾いたことが無いのに、凄腕の技量をもつイエローの隣で弾くのはおこがましいにもほどがある。一人で演奏する体制を整えている彼にそんなことを言い出したら、ギターを舐めているとしていよいよ拒絶される気がしてならない。
ただ、もしギター抱えて彼とステージが演奏できたのなら――イエローとの友情が深まるうえに、文化祭のステージ出演をきっかけにクラスメイトに話しかけてもらえる気がする。
今回ばかりは、抗うことなく本能の提案に従ってみるのもアリなのかもしれない。
「お願い! このゴールデンウィークでギター始めたい!」
家に着くや否や、僕は土下座して母に懇願していた。それに対し、母はため息をつきながら困った様子でこう応える。
「いや、うちにそんなお金はないよ」




