第六十話 「僕にも、手伝わせて」
翌日の朝、ヤマブキ・イエローはやっぱり学校に来ていなかった。教室の後ろの隅に配置された出席番号40番の座席が今日も空いていたのが何よりの証拠だ。仮に学校に来たとしても、出席番号1番である僕の席から一番離れた席に座ると思うと、妙ないたたまれなさを覚えた。その上、ボッチな僕をよそに前後左右どこからでも「ゴールデンウィークに何をするか」という話題が聞こえてきて、余計に追い詰められた気がした。
そんなさなか、授業中に後ろの方を振り返り、イエローが本来座っているはずの席の方をちょくちょく見る度に、もし彼が学校に来て授業を受けるとしたらどんな授業態度になるのか考えることがある。
きっとエアギターしていたり、あるいは鼻歌を歌っていたりするかもしれないと思うと、どこかおかしくて笑いがこみ上げてくる。または、中庭でのストリートライブの時などといい、歌詞が英語の洋楽を大体歌っていたので、英語の授業で頻繁に手を上げて活躍しそうな気もする。さらに、この学校のネイティブの先生と曲のことで仲良くなっているのは容易にイメージできる。
こんな風に意気揚々としているイエローを想像すればするほど、なぜ彼が高校を休みがちになのか、よくわからなくなった。昨日会った限りだと、特に病弱な様子も無かったので、尚更おかしい。
もしかしたらイエローと仲が悪い人がこのクラスにいるのかもしれないが、クラスメイト同士の人間関係に疎い僕が、具体的に誰と仲が悪いのか見当つくはずが無かった。
そこで昼休み、今日は音楽室に来ていた彼に対し、なぜ学校で授業を受けないのか、ギター練習の小休憩の際に聞いてみた。
「俺は教室に、ふさわしくないから」
つかみどころのない返事が返ってきた。
「教室にふさわしくない、っていうと?」
「俺はギターを弾くのが好きっていうか、結構大切にしてるんだけどさ。 けど、授業中にいきなり弾き始めるような奴なんていないだろ。 そんなことをしようものなら没収される。
机に座り、携えたギターを適当に鳴らしてメロディーを奏でながら、彼は話す。
「それに勉強なんて、お前の人生でならかなり役立つのかもしれないけど、俺の人生だと全く役に立つ気がしないし、あんまり好きじゃない。 無駄なことに時間削いで自分から嫌な思いをするくらいなら、学校サボって弾いてる方が有意義だろ」
「じゃあ、わざわざこの学校に行かずに、中卒とか音楽の高校に行ったりとかでも良かったんじゃないの?」
思わず正論がましいことを言ってしまう。
高校に通う以上、自分で選択して入学試験を受け、親のお金で通っているはずなので、学校サボるくらいならそういう道のところへ転向した方がいい、と内心思っていたのが漏れてしまった。
「それも思ったけど、やっぱ、どうしてもやりたいことがあったんだ」
「やりたいこと? それって?」
イエローは腰を下ろしていた机から立ち上がると、ギターを一回キレよくかき鳴らし、自信満々にこう答えた。
「文化祭のステージで、自分の演奏を披露すること」
「それ、この間に中庭でやってたじゃん」
「あれは、なんか違うっていうか……文化祭は保護者に先生、外部の人も来て、めっちゃ人が多くなるから、テンションが上がるんだよ! 特に、うちの学校の文化祭はこの地域の中でもかなり人が来るって言われてるから、余計にね。 あと、文化祭は中庭でやってる時と違って先生になんてな止められたりしないし」
「逆に中庭のあれって、先生にバレたらまずかったの!?」
かなり値段が高そうな機材を持ち込んでは、慣れた様子でストリートライブを行っていたのでてっきり大丈夫なのだと思っていたが、まさか許可を取ってないとは知らなかった。
「とにかく、地域で一番人が集まるこの学校の文化祭で、俺は演奏したい。 だから、この学校に入った」
それは、重い覚悟の籠った言葉だった。
前に彼の演奏を聴き、そして昨日、彼の演奏に助けられたからなのか、彼のセリフに対し、僕は妙な使命感を感じた。
「僕にも、手伝わせて」
なぜだかよく分からないが、とにかイエローの音に助けられた自分だからこそ、彼を支えるべきだと思ったのだ。
「いや、お前にはあくまでも、楽しんでいて欲しい。 無理に手伝いは、大丈夫」
そう言う彼は柔らかい笑みを浮かべていたものの、胸を押されて一気に突き放されたような気がして、怖かった。
いきなり溜まったやるせなさをどうするべきなのか、僕は分からず、ただ今は心の内で打ちのめされるしかなかった。




