表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣色の夢  作者: チャカノリ
ディープ・イエロー「黄の炎」
59/63

第五十九話 「お前だけのためってわけじゃない」

「あれ? 消えた……?」


 自分が跨っていた白いケルベロスが光となって消え、白の柄に戻ってしまったことに少年は驚きを隠せていなかった。座っていた地べたから腰を上げ、すぐさま刀身を失った白の柄を拾い上げて何度も手で叩いたりのぞき込んだりしたが、何も起きなかった。


「そんな……なら」


 そう言うと少年は僕の方に柄を向け、何かを叫ぼうと大きく口を開けた。とんでもないことが起きる気がして、未だ燃える刀身を構えたその時。


 上の方からメロディーもリズムもなにもかもが無い、エレキギターの暴れる音がそのまま爆風となり、少年を空へ吹き飛ばしてしまう。幸せを実感するために想像を使ってもらえてないのに離れていってしまうのが怖くて、手を伸ばそうとするも風に邪魔されて少年の手を上手く掴めず、少年はそのままどこかへ消えていってしまった。


 さらに、僕もつられて吹き飛びそうになってしまうが、本能的に足を踏ん張らせてなんとか堪える。着ている学校の制服が、少年の白甚兵衛より風に煽られにくいおかげで、足が地面から離れるようなことは無かった。とはいえ、少しでも気を抜けばそのまま軽々と飛んで行ってしまいそうで怖かった。


 気張りながら爆風が吹いてくる方へ見上げると、イエローがどこの弦にも指を抑えず、ただ右手を何度も上下に動かして弦を無造作にかき鳴らしていたのだ。二階の窓枠に背中を預け、危うくバランス崩して落ちそうになるくらいに髪を振り回しながら暴れまくるさまは、人を辞めて野獣になっているかのようだった。


 いつまでもこのロックな音は終わらないのかと思っていたが、ある時、彼が右手を一際高く掲げて弦を震わせるのをやめ、爆風が収まっていきながら辺りをだんだん静寂に包ませる。


 十分に静かになり、何もかもの動きが固まったその時。イエローの、キレの良い最後の一振りがすべてを割り壊し、爆風がもう一度起きた。ただし、今度の爆風は彼の元へ引き寄せるように吹いており、ケルベロスが山吹宅を壊したことでできた瓦礫を巻き上げていたのだ。


 思わず僕の体も風に攫われそうになるが、今度は無様ながらも地面に這いつくばって地面に爪を立て、飛ばされないようにする。


 そうしてイエローの自宅の方を風に耐えながら見ていると、ケルベロスによって壊された部分に、爆風によって引き寄せられた瓦礫が当てはまっていき、逆再生のようにきれいに直っていった。


 やがて風が収まったころ。山吹宅は何事もなかったかのような姿に戻っていた,

ギターの音一つでこんなことができてしまうのは、きっと彼のギターのソケットに刺さった黄の柄のおかげだろう。色の柄の底力を見せられたようで、自分の柄の使い方がちっぽけに思えてしまう。


 彼を見ていると、思い出したことがあった。本当は、彼に届けるものがあったのだ。


 周りを警戒しつつ僕はおずおずと立ち上がると、僕は背中の鞄から分厚い茶封筒を取り出す。事がひと段落したところで、本来の目的を果たす時が遂に来た。


 橙色がほんのり色づいた空を見つめ、二階の窓枠で余韻に浸っている彼に対し、僕は見上げながら話しかける。


「あの……休んでいる時に配られた書類、持ってきたよ」


 彼は、こちらを振り返る素振りなど少しも見せてくれない。


「……書類、郵便受けに入れておこうか?」


「さっきのやつら、一体何だったんだ?」


 濃いオレンジ色になっていく日を見つめながら、質問が投げ返されてきた。冷静に考えれば、確かに白の柄の少年についてだったり、あのケルベロスは想像の暴走によって生み出された存在であったりするなど、イエローが知る由など無かったのだ。


 黄の柄の使い手である以上、色の柄の持ち主をつけ狙う性分である黒の柄の男に狙われる可能性もあるので、僕は色生神社に伝わる色の柄のことや、青の柄の使い手である青海さんのこと、白の柄の少年や黒の柄の男のこと、そしてケルベロスは想像の暴走というものであることについてなど、関わりそうなことはいろいろ説明した。


「ってことは、ギターに刺してるこの無線シールドって、ほんとは剣とか生えてくる武器で、色の名前言わないと技を発動できないのか。 変な使い方しちゃってたな、俺」


「でも、その使い方をしてくれたからこそ、今こうやって生き残れたから、何も全部悪いわけじゃないよ」


 彼の行いをカバーするとともに、さらに一言付け加えた。


「ありがと、あのケルベロスから助けてくれて」


「別に、あの演奏はお前だけのためってわけじゃない。 勘違いすんな」


 そう言いながらそっぽ向く彼の耳は、紅く染まっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ