第五十七話 「泣きのギターソロがお好きか」
「ヤマブキ・イエロー!!」
ヤマブキ・イエローが二階の窓枠に背中を預ける形で腰かけ、ギターソロを放ち始めたその様は、空から何かの救世主が降り立ってくる見えた。音を聴いていて思い浮かぶ救世主の姿は、背の高い細身の体に幾つもの雷を鎖のようにまとっており、あまりにも荘厳だった。
彼のギターから放ち続ける音によるものか、想像の暴走である白いケルベロスが観念した鳴き声を上げながらそれぞれの首を振り回して苦しみ始めるも、彼は目を閉じて気持ちよさそうな笑顔をしながら金髪交じりの黒髪をひたすら振り回し、左手を目まぐるしく動かしていた。
「ねえ、立ってよ~!」
音の暴風雨のさなか、ケルベロスの背中に跨っている白の柄の少年は、何度も白い毛皮を悔しそうに叩いていた。
やがて一旦区切りをつけるためなのか、演奏が終わるようなメロディーが奏でられて静寂が訪れると、彼の眼は開き、いつもの無表情に戻る。
光を奥に届けさせないように細められた吊り上がりがちな瞳は、音が終わってもなおもがくケルベロスの様子を見つめると、ケルベロスに届くよう、半ば叫ぶ形でこう呼びかける。
「シュレッド系は苦手か。 じゃあ泣きのギターソロがお好きか?」
その時、ケルベロスの頭のうち、一番右端の頭に付いた耳がピクリと動いたかと思うと、その頭だけ顔を上げ、彼の姿を捉えてしまった。白い毛に覆われていても分かるくらいに眉間の血管が浮き出ており、いつイエローに噛みつこうかと、大理石のような歯をむき出しにしてタイミングをうかがっている。
「うおっ、そのままいっちゃえ……!」
少年は顔を上げている頭の後ろから、ささやくように囃し立てる。
このままもし、彼の方に飛びついて行ってしまったら、山吹宅はおろか、彼の身も危ない。かといって逃げるように彼に言えば、おそらく彼は部屋の中へ戻るだろう。それでケルベロスも追うようにして二階へ飛び上がり、窓から部屋へ入ろうとしたら、山吹宅が全壊してしまう。
仮に吾火を発動してから刀身が燃えたままの、この赤の柄で立ち向かったとしても、そのせいでケルベロスから更なる形態になる可能性もある。もう、どうにもできそうな状況じゃなかった。
頭の中で思いつめて悩んでいると、不意にイエローは、次の行動に出始めた。また目を閉じ、自分が出す音に酔いしれながらギターソロを弾き始めたのだ。ただし、いろんな音を使って数の暴力ともいえるように奏でた先程と違い、今度の演奏は一つの高い音を伸びやかに響かせ、ゆっくりとしたテンポだった。
どこか懐かしさを感じさせるようなメロディーに思わず聞き入りそうになるが、ケルベロスの様子を見ると、三つの頭とも彼を唸りながら睨んでいる。このままでは危ないと思った矢先、イエローが一番高い音を出して辺りに響かせ、空気を最も切り裂いたその瞬間、想定していた最悪のことが遂に起きてしまった。
ケルベロスが地面を蹴り、彼の方へ飛びかかっていったのだ。
ケルベロスからもっと恐ろしい姿にしてしまうことを承知のうえで、僕も飛び上がってすぐさま燃え盛る刃を振るも、あと少しの所で高さが足りず、三つの頭の内一つにも届かなかった。
そのままイエローは、三方向から迫る牙によって、無残に噛まれた。
かに見えた。
山吹宅のうち、ケルベロスの体がぶつかったところやケルベロスがイエローと共に噛みついた窓枠は確かに元の形を失い、ケルベロスが地面に着地するとともに立った濃い土埃で隠れてしまった。
しかし奇妙なことに、崩れた木材から血は垂れていないどころか、イエローが嚙みつかれた瞬間に聞こえるはずの骨が折れる音や血しぶきの音などは、至近距離で事を目撃した僕の耳にすら入ってこなかった。
ただ、空気を切り裂くギター音だけは、切れ目なく未だに響き続けていた。




