第四十九話 「先生に言うんじゃねえぞ」
翌日の昼休み。
一緒にご飯を食べようと、昨日中庭でライブをしていた「ヤマブキ・イエロー」と名乗る彼を急いで探したが、どこの教室にもいなかった。
思えば、同じクラスに所属しているにもかかわらず、朝の会の時点でいなかった。
自分が出席番号一番の席に座っていたばかりに、先生が出欠確認の時に「ヤマブキ・イエローは……またお休みか」と呟くのが聞こえたときは、驚きのあまり声を上げそうだった。「ヤマブキ・イエロー」とは芸名のようなものではなく、本名だったのだ。
しかし、遅刻して学校に来ているという望みをかけて見回ってみたが、この通り、徒労に終わってしまった。先生が朝に言っていたことからすると、彼は休みがちか、あるいは不登校なので、学校に居ないのは至極当たり前なことかもしれない。
いや、もしかすると、あそこに居るのかもしれない。
走って向かったのは、保健室。もし不登校なら、保健室登校はよくありそうな気がしたからだ。
「失礼します。 その……ヤマブキ・イエローっていますか?」
保健室の先生に対して彼の名を言うのは、少し恥ずかしかった。
「ヤマブキくん、いないね~」
返された優しい声は、気のせいか無慈悲に聞こえた。どうもそれくらい、僕の気分が墜落したみたいだ。
だが、そもそも昨日の言動から、彼は友達とお昼を食べるのが好きじゃないはずなのだろう。もし会えたとしても、一緒に食べられるとは限らず、昨日みたいに一蹴されるはずだ。
きっと、そうだ。
少し頭を捻れば、そんなことは分かったはずだ。
そんなふうに、頭の中で自分を宥めていたせいか、教室へ戻るまでの風景が流れるさまは、保健室へ向かう時よりも嫌に遅く感じられた。
途中で前を通った教室の、昼休みの風景も、変なストップモーションみたいだった。そこには小野くん、楊木くん、呉尾くんが、他の男子たちと共に弁当のおかず交換をしようと冗談交じりの交渉をしていたり、爆音でスマホから曲を流していたりするのが聞こえる。
もし昨日の彼とも、こんな風一緒にお昼を食べられたなら、昨日の曲はどんな曲だったのかとか、こだわりとか、いろいろ話せたのかもしれない。
それこそ、爆音でギターと共に流していた昨日の音源を聞けたかもしれない。
お昼。音源。ギター。爆音。
四つの言葉が頭の中で一つに混じり合ったとき、おぼろげながらとある光景が脳裏に浮かんできた。
そこは、他の生徒がお昼の時間に勝手に入っていいような場所ではなかった。
そこは、窓から入ってきたお昼の日差しが、防音用の壁や吸音するためのカーペットを温めていた。
そこは、黒光りする豪華なグランドピアノが、五線譜書かれた黒板の横に置いてあった。
僕は、再び走り出し、光景の元へ向かった。
普通の教室とは違う、とても分厚くて重い扉を走った勢いに任せて押しのけ、前へ半ば転げ落ちそうになりながら入る。
するとすぐさま、恐ろしく低い暴音が足元から僕の全身を駆け巡り、覆ってきた。
周りを見渡し、どこから音がやってきているのか探ると、一つの光景にたどり着く。
一部が金髪がかった頭を縦横無尽に振り回し、獣のような跳ねて暴れる足取りで近くをうろつく、恐ろしい男の姿がそこにあった。
時折、悪魔的な笑顔を見せる彼は、昨日のヤマブキ・イエローだった。
今回はワインレッドのギターらしきものを携えているようだが、よく見るとおかしなことに弦は四本しか張られておらず、竿部分が昨日の黄色いギターより異様に長かった。
さらに形も変だった。どことなく悪魔の角のような意匠が、ギターの本体部分の輪郭に落とし込まれており、赤黒い色も相まってまるで地獄から引っ張り出してきたような見た目だったのだ。
彼に気づいてもらい、一緒にご飯を食べるべく、試しに話しかける。
「ねえ、それって?」
すると、彼は固まり、僕の眼を睨んでくる。
「……俺がここに居たなんて、先生に言うんじゃねえぞ」
さっきの恐ろしく歪んだ笑顔から一変して、喜怒哀楽が抜けきって冷たくなった表情が向けられた。




