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剣色の夢  作者: チャカノリ
ディープ・イエロー「黄の炎」
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第四十八話 「邪魔だからどいて」

 「よう、俺は1-1のヤマブキ・イエローだ。 よろしく」


 先ほどのスライディングで〆るような熱い演奏から一転し、髪の一部が金色に染まっている彼は、落ち着いた口調であいさつした。眼前の学校の生徒たち、もとい観客たちは、口笛吹いてはやし立てたり「イエロー!」と彼の名を叫んだりする。


 彼が立っているコケだらけで汚れたベンチは、彼の覇気によってか、あるいはギターに刺さった黄の柄の影響か、みすぼらしさが気にならなくなり、もはや豪華な演奏のためのステージと化していた。


「それじゃ二曲目……」


 長く溜めて観客を焦らすと、ベンチに置いたノートパソコンのボタンをクリックすると共に口を開き、


「レインボーで、キル・ザ・キング!」


 高らかに曲名を言い放った。


 直後、全ての始まりを告げるようなエレキギターの音が彼の指から奏でられ、ドラムのシンバルの音と共に鳴り響く。


 中世ヨーロッパの雰囲気を多分に含んだ、ファンタジーのような旋律を奏でるそれは、目にも追いつかないほど速くて緻密な指使いだった。


 さらに、彼のハイトーンなボーカルが混ざってくる。あまりにも流暢な英語で何を歌っているのかわからないが、何か強大な権力に立ち向かうような、反逆するための曲な感じがした。もしも何かの間違いで、王国の一角からこんな曲が聞こえてしまったら、その国王の命は永くないだろう。


 聞いていると、なんだか僕が憧れている世界をこの場に召還しているようにも感じられてきた。


 そこには火を噴く邪悪なドラゴンがいて、甲冑を着こんで馬に跨る騎馬兵がいて―岩に刺さったエクスカリバーと、それを抜くアーサー王もいて―自分の辛い部分を綺麗に忘れられて、心地が良かった。


 彼が自らの首の後ろでもギターを持ったうえに、手元を全く見ずにアウトロのギターソロを弾き終えると、歓声がどっと湧いた。


「そんじゃ、また会おう。 ありがと」


 低くしっとりした一声と共に、惜しまれながらも群衆は崩れ去り、後には、ベンチで立ってギターを携える彼と、彼を取り囲むノートパソコンやスピーカー、配線などの機材だけが残る。


 真剣な表情で片づけ始めた顔の顔を見ては記憶を辿ってみるが、やっぱり同じ1-1に彼がいた気がしない。ましてや頭髪の一部を金髪に染めていれば、生活指導部の先生に怒られ、クラス内の噂になり、ちょっとした有名人になっているはずだ。しかし高一になってからの一か月、そんなことを話しているのは今まで聞いたことが無かった。


 とはいえ、彼とは仲良くなれそうな気がする。彼の演奏した二曲が頭の中で何度もリプレイされるくらいに気に入ったのだ。


 それにあの二曲は、音楽に疎い僕でも分かるくらいに、現代の邦楽やポップスにおいてありえないような曲調で聞いたことがないにもかかわらず、初めて聞いた気がしない。この曲を聴くもっと昔から、曲が描き出す激動の世界で僕はアーサー王みたく剣を引き抜き、ドラゴンに跨って冒険していたような気がする。それとも幼い頃のアーサー王ごっこが、この曲に触発され、ちらついてしまっているのだろうか。


 加えて、彼が持つ黄の柄がどうなっているのかも気になる。本来は想像を具現化する武器のはずが、彼はどうやら、エレキギターの機材として使っているのだ。文字通り何を考えてたらこんな芸当ができるのか不思議で仕方がない。


 彼がスピーカーなどを、ベンチの裏に隠していた台車に載せ始めたところで、手伝いつつ声をかけることにした。


「あの、これ手伝っ」


「触んな!」


 手を掛けようとするや否や、手をひっぱたかれ、怒号と共にあしらわれてしまった。しかし、もしかすると根気よく話しかけなければ仲良くなれない人なのだと思い、もっと固くなってしまった口を動かし、めげずに再び話しかける。


「さっきの曲、凄い好き。 ファンタジーっぽいのが、昔勇者ごっこしてたのを思い出させてくれて、初めて聞いたはずなのに懐かしい感じがしたし」


「そう……」


 先程の怒りに似たものが抑えられつつも、彼は僕を尻目にかけており、褒められて喜ぶ様子はおろか、僕に興味すらも示さず、冷たかった。


 作業ロボットみたく、彼は硬そうな長方形のケースにギターをしまうと、それも台車に載せる。


「ねえ、その黄の柄……じゃなくて、ギターに挿してたやつって?」


「ただの無線シールド」


「どこで拾ったの?」


「道端」


 ベンチに置いた配線を巻いて束ねると、黄の柄をはじめとする他の小さい機材と共に、台車のスピーカーの上に慎重に載せる。なぜ拾った物だと分かったのかに触れない辺り、こちらの言っていることを全く気に留めていないことを痛感できてしまい、寂しかった。


 どうにか彼と距離を近づけるべく、最後にこんなことを言ってみる。 


「その、僕、赤山あかやま じゅん。 同じ1-1として、よろしく」


「邪魔だからどいて」


 自己紹介した僕を押しのけて、彼は台車に乗せたギターケースやスピーカーと共に、校門へ去ってゆく。


 彼を引き留めようと、いつの間にか僕は叫ぶ言葉を探していた。


 心臓が焦って胸の中を動き回るが、遂に見つけ、叫んだ。


「ねえ! 明日もここで、演奏する!!?」


 自分の声で、辺りの空気はおろか、コケだらけのベンチも、タイル張りの中庭の地面も、吹いてくる風さえもくすぐったいくらいに震わせてしまった。


「キンキン響く、良い声だな」


 はっきりとこちらに聞こえるように、大声でこちらに応える。


 遂に、彼は気に留めてくれたのだ。


「名前なんて言うんだ?」


じゅん! 赤山あかやま じゅんだよ!」


「そうか。 赤山! お前が望むなら、明日もここ、来るよ」


 気障で気難しくて、だけど僕と言葉を交わしてくれた彼の背中は、夕日の逆光で暗くなっており、とても勇ましく見えた。

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