第四十七話 「ディープ・パープルで、紫の炎」
週が明けた日の放課後。僕は学校中のHR教室を歩き回り、隣のクラスの呉尾、楊木、小野を探していた。というのも、先週友達になったばかりの彼らと、今日こそは一緒に帰りたかったのだ。
先週は呉尾の用事に確かに付き合わせてもらい、半ば一緒に帰ったが―途中からは僕の妹の件に巻き込む形になってしまったが―その後は呉尾含む彼らと一緒に帰る機会に巡り合えず、本当に自分は友達を得られているのか、疑わずにはいられなかった。
「呉尾、楊木、帰るぞ~」
まだ見ていないHR教室の方から、小野の野太い声が聞こえる。たまらず心が躍り、教室に入ろうとしたその時。
「今日三人でカラオケ行こうぜ~」
「いいじゃん! ちょうど授業の抜き打ちテストでイラついてたし、行こ行こ!」
楊木が眼鏡を直しながら提案し、机に座って元気に反応する呉尾が目に入った。
彼らの頭の中に、僕はいなかったのだ。
そこに居ることが許されないような気がして、あるいは赤の柄を掴む前みたいに独房にぶち込まれる気がして、さりげなく教室を出た。
そして、ひたすら走った。
少しでも早く、あの教室から距離を取りたくて。
彼らの近くに居ることが大罪だとされ、捕まりそうな気がして。
昇降口へ逃げ出た。
昇降口の軒を出て夕日を浴びた時、遂に終わったと思い、手を膝について呼吸を整える。いつの間にかあふれ出ている熱気と冷や汗が混ざったせいで、熱いのか寒いのか分からなくなってしまい、気がおかしくなりそうだ。
これ以上立っていられない気がしたので、かろうじて近くのベンチへ擦り足になってでも歩き、全ての苦痛をすぐにでも預けたくて腰を下ろした。しかし、あまりの安堵感に腰の気が抜けてしまい、そのまま上半身を右へ曲げて横になってしまった。
目を閉じていると、低くて艶めかしい声が耳に入ってくる。何を言っているか上手く聞き取れなかったが、直後、体験したことが無い何かが響いてきた。
クラシック曲のような旋律を奏でる、エレキギターの渋くて疾走感あふれる音。
曲を不思議な雰囲気に彩る、オルガンの高い音程。
前へ前へと必死に押し出す、手数の多いベースとドラム。
そして、空気を引っ掻いて切り裂き、世界を展開するボーカルとコーラス。
英語の歌詞で何を歌っているのか分からなかったが、目に見えるもの全てを怒りで燃やしつくすような、恐ろしくも神々しい曲だった。
ギターの旋律に導かれ、曲が遂に劇的な終わりを迎えた始めた時。今まで何が起きてしまったのかと気になり、思わず上体を起こして目を開けてしまう。
そこには、いつの間にかできた人だかりの間をモーゼのごとく二つに切り分けて走り、シャウトしながら曲を〆るためのスライディングを決める、名も知らぬギタリストの姿があった。
曲が終わった静寂の中、眩く黄色いボディのギターを抱え、両ひざついて肩で息しながら空を仰ぐ彼は、うちの学校の制服を着崩している。
さらに衝撃的なことに、本来ケーブルを刺すであろうギターのソケットのような部分には、刀身がギターに挿すジャックに変化した黄の柄が挿されていた。
まさかこんな形で黄の柄に巡り合うとは思わなかった。
しばらくして彼は息を整い終えると、ありったけの声を張り上げて、叫ぶ。
「どうよ、ディープ・パープルで、紫の炎!」
先程演奏した曲の名前らしきことを言い終えたとき、黄色い歓声は彼の前後左右からどっと溢れ、その場はある種のライブ会場のような雰囲気になってしまった。
彼は両手を上げ、満面の笑みで観客の声を満足するまで浴び終えると、観客の間を分けて進み、スピーカーやアンプ、ノートパソコン、マイクスタンドにセットされたボーカルマイクなど、機材が座面に配置された向かいのベンチの方に戻る。先ほどのギターとボーカル以外の音源は、全てノートパソコンから出ていたのだろう。
座面に足をかけ、他の機材と同じようになんと彼もベンチの上に立つと、
「よう、俺は1-1のヤマブキ・イエローだ。 よろしく」
笑顔と共に静かに自らを名乗った。
1-1。それは僕と同じクラスだった。




