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剣色の夢  作者: チャカノリ
あの日突き放した緑
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第四十六話 「つるぎだけだったよ」

 あたしとヒトミ、二人の決死の白刃取りにより、地面から刃を突き立ててあたし達を刺そうとした男は黒の柄ごと地面から引き抜かれたうえに、あたし達の力が勢い余ったことでどこまでも上へ飛んで行ってしまう。


 周りに建つ家の屋根の高さをも超え、男がそのまま透き通った水色の空の中へ突入してしまうと、姿がもやがかりながらどんどん小さくなっていき、やがて雲に紛れて消えた。


 また、分身だったみたいだ。


 だが遂に、ヒトミと二人で退けることができた。


 この達成感と安堵が、あたし達の何かの勲章だと言わずして、何なのだろうか。どうもそれ以上に見合った言葉が思いつかなかった。


 男が消えていった空を見上げて事が終わったことの感傷に浸っていると、不意に大きな何かが、倒れるようにもたれかかってきた。


 水みたいになった地中を泳いだことで、ぐっしょりとしたジャージと、顔に絡みついてくる長く濡れた髪。そして、小刻みに震えながら有無を言わせずに背中へまわる細長い腕。


 困難を乗り越えたことを称えるヒトミの、無言の抱擁だった。


 力を抜いているのか、それとも緊張が解けたことの落差であまりにも抜けすぎてしまっているのか、唯一彼女の手に握られている緑の柄が、おもりみたいになってあたしの背中に引っかかり、膝が地面に突きそうなくらいにぶら下がってもたれてくる。その上、彼女の顎があたしの肩に乗せられたことで、お互いの首筋がこれでもかと鼻に近づいていた。


 黒の柄の攻撃と向き合ったことで、熱気を含んでいて少し汗臭かったものの、どこか甘く爽やかなにおいが鼻をくすぐる。


 ヒトミが満足したのかあたしから体を離した頃には、ゴミ拾いの終了時刻である正午になり、なぜか地中に沈んでなかったごみ袋片手に、あたし達は再集合場所である色生神社へ歩み始めた。


 ごみ袋と共にヒトミの左手にしっかり握られた、太陽に照らされて緑混じりの金属光沢を放つ緑の柄は、時折ヒトミに見つめられてはジャージの袖で磨かれていた。


 彼女が柄を大切にしていたことと、地面から突き出る黒の柄の刃に立ち向かう際も問題なくすぐに技が発動できたことから、きっと彼女と緑の柄は何かしらの縁があるのだろう。回収はせず、緑の柄はそのまま彼女に預けることにした。


 濡れた足跡をアスファルトの道路に残して進んでいると、彼女がこんなこと聞いてくる。


「ねえ、つるぎって普通の高校でしょ?」


「うん、そうだけど?」


「文化祭の準備って、始まってたりするの?」


 おそらく通信制の高校に通っていると思うと、どこか複雑な哀愁を感じる質問だった。


「まだかな。 うちの場合は10月末にあるから。 だけど、文化祭実行委員会の人員については募集が始まってるって聞いた」


「実行委員会?」


「うん、うちの学校の場合は生徒会とは別である組織で、どんな企画をやるかとか、どんな文化祭にするかとか、いろいろ決める」


「ふーん。 つるぎはそれに入るの?」


 入るだなんて考えたことも無かった。中学の頃はクラス委員をやっていたり、陸上部のキャプテンを務めていたりはしたが、それと実行委員会とは、まるで訳が違う。立候補するならきっと、どんな文化祭にしたいのかというビジョンが必要なのだろうが、あたしがどんな文化祭にしたいのか、いまいち想像がつかず、ビジョンが抱けないのだ。


「いや、入らないかな」


「そっか……つるぎがリーダーの文化祭って、面白そうだとおもったんだけどな」


 まさか、かつてあたしが拒絶してしまったヒトミから、そんなことを聞くとは思わなかった。彼女がまだ中学校に来ていた頃はクラス委員になっていたとはいえ、目立った取り組みはあまりせず、基本的には先生から頼まれたことしかしていなかったはずなのに。


「え、そうかな……」


「うん。 中学の時、だれからも嫌われた私を、最後まで相手してくれたのはつるぎくらいだし」


 それを聞いた時、はっとさせられた。確かに最後まで相手にされたからこそ、あたしが主導する文化祭が面白いと思えるのも頷ける。


「それに、他の人からは何も言われずに仲間外れにされたけど『近寄ってこないで』ってはっきり言ってくれたのも、つるぎだけだったよ」


 これは、かなり意外な理由だった。


「それってどういうこと?」


「別に、変な意味は無くて! あの時つるめる人が他にいなかったから、言われた時はもちろん辛かったけど、今思うと無言で無視されるよりマシだったの!」


 あたしが怒っていると勘違いしたのか、ヒトミは少し早口で焦りながら説明してくれた。


「ありがとう」


 そんな一言と共になぜか、ヒトミの肩に寄り掛かりたくなった。今までもっと奥深くで抱えていた、重しのようなものが取れたことで、黒の柄の刃に立ち向かうときに笑った時以上に軽くなり、ちょっとした風で吹き飛ばされそうな気がしたのだ。


 対してヒトミは、はにかむ口元を見せてくれた。長い前髪で目元は見えなかったが、きっと笑っていただろう。


 そうしてあたし達は、色生神社へ着いた。




 翌日。


 あたしは、職員室前の廊下に掲載された文化祭のポスターとにらめっこしていた。


 「文化祭実行委員会、募集」と大きく書かれたそれと共に、ひも通しの応募用紙の束が引っ付いていたのだが、用紙を一枚取っていくか、悩んでいた。


 もしかしたらこの仕事に時間を取られ、忙しくなってしまうかもしれない。


 友達と遊ぶ時間や、神社の仕事の時間、色の柄に関する時間が取れなくなってしまうかもしれない。


 悩んだ末に結局どうしたいのかよく分からなくなってしまい、ふと文化祭のポスターを眺めた。そこにかかれた生徒の笑顔のイラストが、昨日のヒトミの恥ずかしながらも輝く笑顔を思い出させる。


 あの笑顔が、信じてくれたというのなら。


 この手はもう、応募用紙を取らずにはいられなかった。

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