第四十五話 「いち、にの、さん」
「この状況、切り抜けられる方法、思いついたかも」
お互いの背中に焚きついたターコイズの炎の音混じりに、背後から聞こえるヒトミの声は、どこか怖気づいて揺らぎながらも芯があった。
一緒に握った緑の柄と青の柄から感じる彼女の手は、細かく震えながらもあたしの手ごと、柄をしっかり握りこむ。
「それって?」
「地面から刃が出た瞬間に、高速で動いて、引き抜く」
一瞬、意味が分からなかった。
つまりは、地表に突き出た瞬間に刃を引き抜くことで、あたし達の下を泳いでいる男から黒の柄を奪い、攻撃手段を無くす、という事だろうか。
地中からの些細な振動を感じ取れる今ならそんな荒業も可能かもしれないが、引き抜く際に刃を掴んでしまったら、手が切れる、など生ぬるい表現では済まないだろう。千切れてしまうはずだ。
しかもそもそも掴む際は、あたし達は一瞬でも柄を手放さないといけない。もし、例えばお互い片方の柄を手放した場合、青の柄と緑の柄によって高まっている状態の「蛇高速射」の能力が半減されてしまい、お互いの命が危ない。
試しに、たった今浮かんだ懸念を彼女に伝えてみる。
「素手で、刃を引き抜くの?」
「うん」
余りにも真っすぐで素早い返答だった。
「刃引き抜くとき、一瞬柄を片方手放さないといけないけど……?」
「ちょっとぐらい放しても、もう怖くない」
少しばかり、頭が固まってしまう。多分ヒトミは手を放しても勇気を出して動けることを言いたいのだろうが、別にそういうことを聞いたわけではないのだ。なんだかじれったかった。
思えばこういうのが積もって、あの時突き放してしまったのだ。
もしもこれを素直に笑えたら、何かが変わったかだろうか。
それとも、今からでも変えられるだろうか。
「ッハハ!」
不意に、笑いがこみ上げ、たまらずお腹から声を出してしまった。
過去の罪悪からか、それとも純粋に可笑しいと思えたからなのか。
おかしかったのはあたしか、彼女か。
「どうした、の?」
「ハハ!……いやごめん、別にそういうことを聞いたわけじゃなかったから、変だなって思えて」
とりあえずの理由を言ってみるが、笑えたワケはこれだけじゃなかった気がする。
ただ確かなのは、何か憑き物が取れた気がするのだ。中学の時から体中に絡みついていた、網状に広がってしまっていたような何かが。一気に剥がれ落ちて、まっさらになって気分が軽い。
その時、再び足元からの振動を感じ取る。あたしの笑い声に反応してしまったのか、ちょうど左右の足の真ん中から突き出ようとしていた。
ただ避けるべきピンチとしか見れなかったはずだが、今となってはチャンスだった。
「ねえヒトミ、刃があたしの両足の間から出てくるみたい。 準備できてる?」
何も返事はなかったが、視線をあたしの股下に向け、ゆっくり頷いた、気がした。
そして刃は、遂に突き出た。
お互い柄のうち片方を手放すと、奇妙なことにあたしもヒトミも真剣白刃取りのように両手で刃をがっちり挟み込んだ。
刃は再び地面へ引っ込もうとするが、そうさせまいと、両手の間の空気という空気を潰すくらいに力を入れる。ヒトミも同じく、歯を食いしばるくらいに力んでいた。
「このまま、引っ張り上げよ」
息が切れ切れになりながらも、ヒトミが呼びかける。
「それじゃ、いち、にの、さんで、地面から引きずり出そう!」
彼女が振り絞る必死さに応えて、たまらずあたしは快活に叫んだ。
この状況を打破するなら、今しかないのだ。
「「いち!」」
前から発動していた「蛇高速射」の影響で背中から噴き出す、お互いの青緑の炎が、爆音と共に吹き上がる。
「「にの!」」
炎は向こう側を見せないくらいに、さらに濃くなり、
「「さん!」」
二人で一斉に手にも腕にも、全身の筋肉に力を込め、白刃取りした刃を地中から引っこ抜いた。
そのパワーは、黒の柄を両手で握る男さえも地上へ引きずり出し、黒い水滴らせて空中へ放り出す。
男の全身が地中から現れたころ、あまりの勢いに刃があたし達の手から離れてしまい、男はそのまま黒の柄ごとはるか上空へ飛んでいってしまった。




