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剣色の夢  作者: チャカノリ
あの日突き放した緑
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第四十一話 「中身取」

炬晴斗コバルト!」


 


 あたしの一声と、岩が襲ってくるような大きく重い、青の柄の刀身から放たれた一撃で、黒の柄の男を電柱のてっぺんぐらいの高さまで吹っ飛ばす。


 しかし、自分の体の割に合わず重すぎた力だったため、危うく地面に手を突きそうになってしまった。もしも本当にそうしてしまったら、粘土のように柔らかくなってしまった道路によって両足のみならず両手まで捕縛され、抗う手段が無くなるところだった。


 この道路にどんな細工をされたのかは知らないが、とにかく、ズボンを履いただけのあの上裸な男に立ち向かわなくてはならない。


 というのも、男は先祖と因縁深く、再び封印する必要のある相手だとお父さんに今まで言われてきたが、今はそれ以上の理由があったのだ。


 何度も息を詰まらせ、両足を地面に捕らえられて逃げ出すことはおろか、上手く泣き叫びこともできず、背中に顔をひたすらうずめてくる彼女。


 ただでさえ昔あたしに拒絶された上に、その後不登校になって辛い思いをしてきたであろうヒトミともう一度言葉を交わせられた矢先、黒い恐怖で彼女を上書きして塗り潰そうとしてくる彼を退けたかった。


 一方の男はというと、ズボンの薄い裾をはためかせながらも空中で体勢を立て直し、あたかも正義のヒーローかのように膝立ちした状態で地面に着地する。相変わらず彼の足は何事も無いかのように地面を捉えており、何も苦しんでいない無表情さに腹が立つ。


 さらに立ち上がったかと思えば、黒の柄による黒い刀身と、緑の柄による緑の刀身を両手にそれぞれ持った状態で腕を広げ、細く引き締まった筋肉と共に優雅に見せつけてきた。特に、緑の柄の刀身は光り輝いており、何かしらの能力を行使していることが伺えた。あの緑の柄で、きっと地面の性質を変えたのだろう。


「こちらへかかってこい」と言わんばかりの調子なくせに、走ってこれないように両足を捕縛しているさまが、あたしのはらわたを煮えくり返す。


「……やっぱり思ったとおりだ、この柄の力も、素晴らしい」


 緑の刀身を見つめながら、ただ感嘆の声を漏らす様すらも、ねっとりとした不愉快な気分にさせてくる。


「それじゃあ、こんなこともできるのかな」


 すると彼は、緑の柄の刀身で地面へ突くとともに、甲高くこう叫ぶ。




中身取なかみどり




 すると、まだ粘土の状態であったはずの地面が突如として粘性を無くし、水のようになる。


 あたしとヒトミは地面に一気に飲み込まれ、両脚はおろか、首元まで沈められた。


 否、それは水没と言った方が正しいだろう、何せ地面が水しぶきのようなものを上げており、地面へ沈んだ身体は、まるで水中の中のように体を動かせるようになっていたのだから。


 さらにいよいよ口や鼻まで浸かりそうになり、手足をばたつかせても沈むことを避けられないことを悟ったその時。


「おもいっきり息吸って!」


 後ろで小刻みに震え、このまま状況に耐えきれなくて意識を手放してしまいそうな彼女の命を救うべく、とっさに叫んだ。


 そうしてあたしとヒトミは大きく息を吸った後、大粒の泡を立てながら頭のてっぺんまで沈んでしまい、どんなに腕を上げても地上に届かないくらい、深いところまで落ちていってしまう。さらにその拍子で、あたしの背中をがっちりつかんでいたはずの手が離れてしまい、震えが伝わってこなくなった。


 ヒトミが遂に意識を失ったかもしれない。


 そんなことが頭をよぎった時、ざわざわとした焦りが背骨をなぞるようにして走る。すぐさま、きっと手が滑っただけだと必死に自分に言い聞かせるが、心臓の鼓動はむしろ強くなっていった。


 さらに無情なことに、水中と化した地面の中は自分の腕や脚さえも見えないくらいに真っ暗で、ヒトミを視覚で探せるような状況ではなかった。


 かといって青の柄の刀身を光らせるために技を使うにしても、見失ってどこら辺にいるのかも分からないヒトミに当たってしまったらまずいため、ただ刀身を引っ込めることしかできない。


 とにかくまずはヒトミを探そうと、指先が彼女のどこかを掠める希望に掛けて、後ろや前の方で腕を目まぐるしく動かした。


 ひたすらに動かして、動かして、動かして。


 するとふとした時、小刻みに地面が揺れるような感覚の部分があった。


 揺れの元をたどるようにして泳いでゆき、手を伸ばすと、触られ覚えのある柔肌の感触が伝わってきた。


 必死に指を絡めるが、相手はただ震えるだけだった。その手は握り返さないどころか、指先や手の平すらも動いてなかったのだ。


 あたしが掴むこの手の相手は正気を失った結果、ヒトミだったものに成り代わりかけているのかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになり、強く握りしめずにはいられなかった。

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