第三十八話 「白の柄を使ってる少年って、私、今朝会ったよ」
矛子の一件を通して、まさか矛子と青海さんが陸上部の先輩や後輩関係だとは思わなかったが、そんなことより、矛子に聞かなければならないもっと重要なことがあった。
「なんで、赤の柄を持ってたの、矛子?」
「ほこちゃん、あれを使うことの危なさを分かっていたの?」
僕と青海さんに挟まれる形で歩き、双方から問い詰められている彼女は、ばつが悪そうに俯いていた。
矛子を救ったあの後、野球部のOBとして後輩の顔が見たい呉尾くんとは分かれ、僕、そして陸上部の活動が他の部活より早めに終わった青海さんと矛子の三人で帰っていた。
今回のことは命に関わることであり、もし赤の柄をただ持ち去るだけのイタズラならば度が過ぎているので、しっかり問わないといけなかった。
「……赤の柄で、もう昨日みたいなケガをしてほしくなかったから」
普段はいたずらっ子な彼女から、思いもよらない重苦しい言葉が出てきた。
昨日や、先日青海さんと共闘した際は、多少攻撃を受けてしまっていても構わないような戦い方をしていた。とにかく、誰かを助けようと真っ直ぐになりすぎていた。
僕の勇気の表れともいえるこの性分をあまり好ましく捉えず、自分を大切にしてほしいということを、まさか妹から聞くとは思わなかった。普段は僕のことを気遣うどころか、イタズラを常に仕掛けてくるあの矛子の口から伝えられたのだ。
「意外だな」
「何が?」
「そんなことを、常日頃イタズラを仕掛けてくる矛子が言うなんて、らしくないなって」
「そっか」
矛子は遠くの方にある、沈みゆく夕日を見つめていた。橙色に照らされ、陰影が濃いその表情は、どこか寂しそうだった。
「でもありがとう。 気にかけてくれて」
最後にそう付け加えると、矛子の顔にちょっとだけ笑みが浮かんできたような気がした。僕の感謝の気持ちは、確かに妹に届いているようだった。
「実はあたしも、ほこちゃんと同じこと思ってた。 赤の柄を使い始めてから、色々ケガし過ぎよ」
不意に、青海さんも会話に入ってくる。確かに青海さんは僕よりも何回も戦っているにもかかわらず、アザや傷跡を負っている様子が全くない。それくらい戦い慣れているのか、それとも攻撃を受けないような上手い身のこなしをしているのか。
だからこそ青海さんからすると、今日のような大ケガをしている僕が変に見えるのだろう。
「逆に青海さんは、僕より長い間その柄で戦ってそうな感じなのに、ケガしてなさすぎでしょ」
「そりゃ攻撃を避けてるし。 赤山は攻撃を受けすぎ」
「僕だって、避けられるものなら避けたいよ!」
つい躍起になって言い返してしまう。それに対し、青海さんはこんなことを言い出す。
「じゃあ避けなさいよ! ただでさえ私たちを狙ってるっていう黒の柄の男たちと、いつまた戦うことになるのか、分からないって言うのに」
僕が言い返したことに対し、若干くたびれている様子だった。
「黒の柄の男たち」について、なぜ複数形なのか気になったが、確かにあのとき戦った黒の柄の男はあくまでも分身であったため、もっと分身を作れることも加味して「男たち」と言っているのだろう。
「黒の柄の男たち? それって誰?」
矛子が応酬に入ってきたので、青海さんはこう応じる。
「あたしの先祖と因縁深い人たちのこと。 色生神社の裏を流れる川の、底にその人達が封印されていたはずなんだけど、最近復活したのよ」
その人達が封印されていたという言い方が少し気になる。別に黒の柄の男が分身を作り出せるから複数形で言った訳ではないようで、まるで黒の柄の男に仲間がいるような言い方だ。
「青海さん、その言い方って黒の柄の男が仲間と一緒に封印されていたような言い方だけど、黒の柄の男に仲間がいたの?」
「ええ、一人だけ。 白の柄を使う少年が仲間だった」
「白の柄を使ってる少年って、私、今朝会ったよ」
なんと、矛子が青海さんの先祖と因縁深い二人のうち、もう一人と遭遇していた。
「どんなことをしてきたの!?」
自分の宿敵のことなので、青海さんが驚いた様子で矛子に聞いてくる。青海さん自身は気づいていないのかもしれないが、矛子との物理的な距離感が先程よりもかなり近くなっている。鼻息が矛子の顔に当たっていそうなくらいだ。
「なんか『独白を操作できる』とか言って、金縛りをかけてきたり、心読んだりして、その時持ってた赤の柄を奪おうとしてきた。 あの時はいきなり大声出したら、なぜか金縛りが解けたけど」
「まさかそんな能力持っていたなんて……」
青海さんが分かりやすくぞっとしていた。
あの時、ただでさえ怖かった黒の柄の男の相棒が、こんな厄介そうな能力を使っていたと思うと、僕も身の毛がよだつ。
恐ろしいことに、白の柄の少年と戦うことは避けられないだろう。何せ僕たちを狙う黒の柄の男の、その仲間なのだから。
夕日が沈んでいくたび、空は気味悪いくらいに濃い黒紫に染まっていった。




