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剣色の夢  作者: チャカノリ
矛子と赤の柄
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第三十話 「白の柄」

 朝のルーティンとして盾にイタズラを行うため、ゆっくりドアノブを回し、抜き足差し足で部屋に入った。


 そこには、教科書やファイル、小説などを綺麗に立て連ねた二つの本棚が右側の壁に配置され、部屋の左側のベッドには、少々しかめた寝顔の盾が横になっていた。口の左右についた大判の白い絆創膏が相変わらず痛々しい。


 盾のもとへ忍んで駆け寄ると、ポッケから液体の百均コスメを取り出し、それを目や口、パジャマや布団に掛からないようにしつつ、上から盾の顔中に飛び散らせる。そして仕上げに、おでこ部分に目掛けてハロウィン仮装用の目玉パーツを投下した。


 本日兄に行ったイタズラは名付けて、「顔面デコレーション」。ハロウィンのコスプレ用に顔面に貼る目玉パーツで第三の目をおでこに付け、百均コスメにある水色にピンクのラメやグリッターで無造作に塗りたくるイタズラだ。正直思いついた際は、声を上げて本当に笑いそうだった。


 最初は部屋の物を隠したり変な物品を配置したりするなど考えたが、それでは動き回て起こすことになるだろうと考えたため、一昨日の顔落書きイタズラと若干被ってしまうがこのイタズラを決行した。


 それにあの時は黒ペンで行ったが、今回はカラフルに彩った。恐ろしいことを経験したであろう盾の気分を、少しでも上げられること間違いないだろう。


 それにしても珍しく、今日はなかなか起きない。一体なぜだろうか。


 寝息は立てているので死んでいるわけではない。かといって寝顔も、これがいつも通りなので病気などに苦しんでいるわけでもない。昨日あんなことがあったのだから、単にいつもより眠りが深いだけだろう。


 イタズラの目的は盾を元気づけるためであってリアクションを楽しむためではないので、すぐにメイクを落としてもらえるよう、アラームがセットされているであろうベッドの時計の傍にウェットティッシュタイプのメイク落としを置くと、部屋を後にした。


 階段を降りると、居間にて、ご飯と食パンとキムチ納豆という朝食を済ませ、柄を入れた通学鞄と共に家を出た。


 さて、時間的に余裕があるので、駅などに張り込んで昨日の三人を待ち伏せするのもアリかもしれない。しかし今日提出の宿題がまだ終わっていないため、それに取り組むべく、早く学校に行くことにした。


 家から歩いて15分ほどのところだろうか。左手には商店が立ち並び、右手に川がよく見える並木通りに入った。朝早い時間だからなのか、出歩いている人は誰もいなかった。


するといきなり。


「それ、あたしのなんだけど」


 大人っぽい女性の声が、明らかに自分に向けられたセリフとして耳に刺さる。


 後ろを振り返れば、先程通り過ぎたはずの木に白髪の、目を閉じた人物が寄っかかっていた。


 しかし意外なことに、声の主だと考えるには無理がある姿をしていた。背格好から年は小学四年生ぐらいで、真っ白な甚兵衛を着た男の子だった。


 また、人物の姿に驚いて気づくのが少し遅れたが、このほほ笑んだ表情の少年、さっきまではあの木の近くにいなかったはずなのだ。この一瞬でどこから来たのだろうか。


 狐につままれたような気持ちになって固まっていると、少年は言葉を続けた。


「あれ、逃げないんだね。 赤の柄を持っている人」


 赤の柄を持っている人?


 少年らしく、優しい男の子の声で言われたことにもびっくりしたが、それ以上ある言葉が引っかかり、心の中で繰り返した。


 まさか、通学鞄に入ったあの柄のことだろうか。


「声は、女の人の真似をしてただけ。 いつかのあの日のためにね。 ……けど、赤の柄が何のこととか知らないんだ?」


 まだ何も言葉を返していないのに、少年はさらに続ける。いつかのあの日のためとは何なのか、そして一体、赤の柄を知らないことをどうやって見抜いたのだろうか。それとも、私が意外にも実は思ったことが顔に出るタイプだったのだろうか。


「いや、お姉さんはそういうタイプじゃないよ。 むしろ演技上手。 僕は、人が僅かにでも心の中に紡ぎ出した独白を読める。 ただそれだけの話だよ」


 少年が言った「人が心の中に紡ぎ出した独白を読める」というのは、つまり、心を読んでいる、というのだろうか。


「うん、簡単に言うならそういうことだね」


 心で思ったことに対して少年は返事をしつつ、腕をぶらぶら振り、その裾を無駄に大きく揺らしていた。


「じゃあ、その赤の柄。 僕に頂戴」


 そう言うとともに少年は片手を出すと、そこには私の通学鞄の中に入った柄と同じくらいの長さの、白い棒が握られていた。


 彼がこちらへ歩き出すとあることに気づいた。向かってくる足元にはいつの間にか水たまりができていたのだ。


 さらにもう一つ奇妙なことが。足音と共に水が跳ねるが、その水滴が宙に固定されたまま、地面へ落ちない。むしろ上へ上がっていき、少年の白い棒に掛かると、なんと透き通るような白色の刀身になっていったのだ。


 もしやその白い刃で、彼は切りつけてくるのだろうか。


「別に切りつけるつもりは無いかな。 あ、もしかしてこれも知らない? 白の柄って言うんだよ」

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