第三話 「これは君のものではない」
駅から15分ほど歩いただろうか。一息つこうと左を見ると、住宅地内の砂地の公園があった。
その中にある白いドーム状の遊具の上に、棒状の影が立っている。
30cmほどの長さだ。それも剣などの柄のような細さの棒。明らかに忘れ物の水筒なんかではない。かといって、刀身は外から見えず、深くドームに刺さっている。先端についている先が尖った金のレリーフが、日光を反射させ、虹の光輪を目の中へ飛ばしてきた。
そのとき、あのビジュアルが頭をよぎった。
アーサー王の選ばれし者の剣なのでは
壁画広告の、岩に刺さった剣の光景がちらついた。まさかとは思ったが、引き抜かずにはいられなかった。
こんな感じの光景で、アーサーは王に変わったのなら。
僕も、何かが変わる気がするのだ。
この牢屋から脱獄できる。そう感じると、幼い頃のごっこ遊びみたいに、胸がむず痒くなってきた。
今これを無視すれば、これからも牢獄のままだ。それなら今、僕は変わりたい。
砂で制服が汚れるのも構わず、ドーム遊具を這い登る。
頂上に到達すると、鍔がない剣の柄が突き刺さっていた。
見間違いではなかった。嘘でも夢でも幻でもなく、剣の柄なのだ。
先端の金色のレリーフには「赤」と角ばって刻印されている。一方、手が触れる持ち手部分には、銀色をベースに、赤く細い波線が彫られている。その波線は腕の筋肉のような、なだらかな丘を形作っている。
「何かが変わる気がする」じゃない。本当に何かから変われるくらい、これは素晴らしいことに本物だ。
しかし、そんな本物の柄の刀身は果たしてどうなっているのか。日本刀なのか、それとも西洋でよくある両刃の剣なのか。
いざ、右手で握ってみる。日に照らされて溜め込んだ熱をじんわり、僕に伝えてくれた。金属だから無機質なはずなのに、見た目通りにボディービルダーの二の腕に手をべったり着けているみたいだ。早速引き抜こうと力んだ。
が、力むほど時間はかからず、0.5秒で剣も、拍子も抜けてしまった。
剣の刀身は、刃の付け根から3cmのところまでで割れて無くなっていた。
そこに、刀身はなかったのだ。
まさか力みすぎて刀身を折ったのかと焦ったが、柄が刺さっていた穴に、刀身らしきものは見当たらない。
この柄は、刀身がないおもちゃのようだ。
だが、もしかしたら。
……。
何も起きないことにがっかりし、ドーム状の遊具を降りたその時。
後ろを振り返ると、冷たい雰囲気の女子高生が立っており、目が合ってしまった。
「それであたしから逃れられたつもり？」
若い女性特有の、キツく、圧迫感ある声が、初めて出会ったはずの僕の背中と耳に撃ち込まれる。
「逃れられたって、どういう……？」
「は？」
呆れた様子で返される。今日までの思いつく限りの出来事を振り返るが、やっぱりこの女性と会った気がしない。
彼女は白い長そでのセーラー服に紺のスカート、ブルーのスカーフ。ロングで外はねの、紺に近い黒髪。まさしく女子高生で、僕と同じ学校でもあるようだ。
さらに、和風を取り入れたいのか、ターコイズ色の七宝柄の甚平を羽織っている。
大体160cmの背丈で、普通の女子と変わらず、僕の首までの高さ。
黒目がちで、ふんわりとした色白な顔。しかし、ゴミを見るように目が死に、口を閉じた表情をしている。気のせいか、地面の影も僕以上に黒く、濃い。
「まあいいけど、返してくれない？」
威圧的な問いかけだった。こんなにも強硬な姿勢なので、怖気づきそうだが、こんな時こそ、いつも通り状況に対して素直になってしまったら何も変われなくなる気がした。
しかし、ここは人として素直に明け渡すべきなのではないかとも思える。本当に彼女の物の可能性もあるのだ。
途端に、相反する二つの心がせめぎ合う。一体どっちに軍配を上げれば良いのか、頭では分からなくなってしまった。
だが、本能は僕の口をこじ開け、こう言う。
「これは君のものではない」
思わず波風立ててしまった。
