第二十九話 「私に似合った武具」
枕の横から、電子音が唐突に耳へ刺さってきた。もう、朝なのだろうか。
昨日、盾のスラックスのポッケから変な銀色に赤い線がぐにゃぐにゃ入った柄を握りしめてベッドに潜り込んでから、交番へ盾を迎えに行った時のホットパンツと赤い半そでシャツのまま寝てしまったようだ。
そして、変に眼下が腫れぼったい。昨日はかつての輝いた盾を思い浮かんでいたが、そのときに泣いていたのだろうか。
カーテンの裏から日光が漏れて薄暗い中、上体を起こすと、右手にある棒を見つめてみた。相変わらず刀身が割れて無くなっているが、それでも残った部分で皮膚を軽くひっかくことができそうだった。
光を反射して煌く、割れた断面を見るたび、盾の傷が思い出される。上半身や口の左右が包帯や白い絆創膏で覆われつつも、若干はみ出ていた、細く、赤い線の数々。
何度見ても、これで傷つけられた気がしてならなかった。
同時にこんな疑問も浮かんできた。なぜこれは割れているのか、ということだ。
もしや、あの三人の誰が思いついたのか、本当はちゃんとしたナイフなどの刃物をあえて割り、できた断面で傷つけることにした、というのか。
脳裏には、色白な人と長身の人に腕を抑えられ、メガネの人に割れた断面で腕や腹、口周りなどの皮膚を何回も引っかかれては、交代して色白な人、さらには長身の人にも引っかかれる光景が浮かんできた。
もし本当にそうなのなら、痛々しすぎる。冷える痛みに到底耐えられる気がしない。
いつの間にか目に滲んできた水をこすり取ろうと、手を宛がった次の瞬間。
割れていたところから赤い宝石から作られたような刀身ができ、屈折した何本もの赤い光で、部屋中を紅に染め上げていた。
あまりに不思議な光景に気を取られ、頬を伝って垂れる水が少なくなってきた。
一体どういうことなのだろうか。
刀身ができる直前には、とくに何もしていないはず。せいぜい涙を流してしまったことぐらい。
いや、涙がトリガーとなってナイフができるような、ファンタジーなことが起きるのだろうか。
何度も目を開けて閉じてを繰り返してみるが、やっぱり刀身はあり、下瞼にたまった水を赤く輝かせていた。
もし、涙に応えてできたのだとしたら。
それは命の恩人でもある兄を傷つけられた悲しみや、怒りでできた、ということを意味する。
まさか、この柄は私に恨みを晴らしてもらうために、鋭い刀身を作り出し、それで三人を……
いや、そんなことまではしたくない。あくまでも問い詰めて、反省してもらって、自首して欲しいだけだ。
すると、今度は刀身が短くなり、それ以上に持ち手が滑らかに伸び始めた。
手からはみ出て、深紅に輝く刃は向こう側へ、持ち手の先端に着いた金のレリーフはより体の方へ近づいてくる。
ある程度変化が終わると、それは私の名の通り「矛」に変わっていた。あわよくば刃は無くして欲しかったが、確かに矛なら、彼らが抵抗してきた際、攻撃をある程度いなせるだろう。それに、中学校の所属している陸上部の一環で多少槍投げもやっているが、それのおかげで長い棒を扱うのは慣れている。
確かに私に似合った武具だ。
だが、もし本当に三人に問い詰めるならまだ課題はある。
まず、三人の学校はどこなのか。もちろん盾と同じなのは知っているが、そもそも盾が通う高校の場所はおろか、名前も分からない。かといって親に聞いたら怪しまれる気がするので、それもできない。盾が登校するところを隠れてついてゆく方法もあるが、ストーカーみたいになるのでそれもできない。盾のスマホ何かしらのタイミングで借りて、どこかに集まるように連絡するのが一番現実的だろう。
次に、そもそもこの矛をどうやって持ち運ぶか。このままの状態で持っていれば、怪しまれるのは間違いない。ましてや部屋を塗りたくったように照らすので、目立つのは免れないだろう。今日の登下校中にもしかしたら三人とめぐり遭う可能性もあるかもしれないが、すぐに問い詰められるようにするためにも、携帯できるようにしておきたいのだ。もし、先ほどの刀身だけの状態に戻せれば話は別だが。
そう思いつつ瞬きしたその時。柄の刀身がどこへ消えたのか無くなり、手に収まる長さに戻っていた。柄の変化に伴って部屋も、薄暗くも白い光が薄く混じる、いつもの目覚めの景色に戻っていた。
この柄はどうやら、瞬きや涙などの目の動作をトリガーに使用者が想像した形へ変化させることができ、形を変化させていない元の状態のときは光らないようだ。少なくとも、私が使用した場合はそうだ。
ならば、あとは盾のスマホを借りるのみ。
もう他に考えることは無いため、ベッドから起き上がった。盾にバレないようにするべく、柄を手提げタイプの通学鞄の奥深くに入れると、制服に着替え、自分の部屋を後にした。
そして足音殺して静かに、盾の部屋に入っていった。
いつも通り朝のルーティンとして兄にいたずらを仕掛けるのだ。本当はけが人にしないべきかもしれないが、イタズラを止めたことがきっかけで心の内を怪しまれないようにするためだ。
とはいえ、今日は優しいイタズラを行うことにした。




