第百五話 「ちょっとやってみてよ」
昼休みに赤山に原稿を読んでもらったその日の放課後、あたしは自分の知る限りで、誰よりも人を喜ばせられる人物のもとへ向かっていた。
その人物は、一週間のうち大抵はこの曜日で、軽音楽部の活動教室である視聴覚室にてエレキギターの練習をしている。
そしてその人物は、人前に出ては、群衆をしっかり盛り上げられる。
さらにその人物は――あたしの友達である。
思った通り、視聴覚室の扉から彼女のエレキギターらしい音が漏れてきていた。部屋の中の者に断りを入れるつもりで分厚い金属製の扉を思いっきり叩くと、すぐさま音が止む。すると中から、その人物がひょいと顔を出してきた。
「ういっす、つるぎじゃん。 どうかしたの?」
エレキギターを携えた気だるげな口調の彼女は、喜多子である。
「前に、文化祭の実行委員に立候補するって話したと思うんだけど、それについてちょっと相談したいことがあって」
不意に、開いた扉から喜多子越しに中の様子を少し覗くと、アンプと呼ばれるエレキギター用のスピーカーの前に、椅子が一つ置かれていた。もしかすると、先程までかなり集中して練習していたのかもしれない。
少し悪いと思ったあたしは、喜多子にこう聞いてみる。
「もしかして今、かなりお取込み中?」
「ん~まあね、多分つるぎが思ってるほどでもないと思うけど」
彼女も、あたしと同じ方向に視線を動かす。その時何か閃いたのか、口から「そうだ」と言葉を漏らすと、こちらに視線を戻してこんな提案をしてきた。
「つるぎの相談乗るからさ、その後ウチの演奏の感想、聞かせてくれない?」
「うん、いいよ」
かくしてあたしは、相談に乗ってもらえることになった。
喜多子がアンプの前に配置された椅子に座ると、あたしも、適当な席から椅子を引っ張り出して喜多子の目の前に座った。
「んで、相談っていうのは?」
抱き枕みたくエレキギターを抱きながら、彼女は聞いてくる。
「文化祭の実行委員に立候補するうえで、来週の臨時生徒総会でスピーチを行うんだけど、実際に見てもらって欲しくて」
「ふ~ん。 ちなみにつるぎ自身は、どんなスピーチにしたいの?」
「誰かを喜ばせられて、一緒に楽しい文化祭を作れる、っていう雰囲気が伝わるスピーチにしたいなって考えてる」
「おっけ~。 じゃあちょっとやってみてよ」
緩めな彼女の言葉の通り、あたしはスマホを取り出して画面上で原稿データを開くと、そのままスピーチをやってみせた。
「う~ん、そうだなぁ」
喜多子は抱えるエレキギターに一層に抱きつきながら、考え込む。こんな風に悩む彼女をあたしは見たことがなかったので、何か嫌な予感がした。
「もしかして、どこか良くなかったかな」
「良くない、ってよりかは、改善したい所がたくさんあるな」




