第百四話 「立候補した動機」
「ねえ、それって、なんであたしが委員長に立候補したかも書いたほうがいい?」
「うん。 そういえば確かに、それ書かれて無かったね」
青海さんの質問に、僕はなんでもないかのように答えるが、言い終えた直後、そんな言い回しはあまり良くなかったと思い、軽く後悔した。彼女の言葉には、何やら重たげな雰囲気が漂っていたのに対し、僕はそれを汲み取ることができなかったのだ。
「もしかして、結構複雑な事情が絡んでたり、する?」
僕の中の後悔を振り解くべく、追加で聞いてみる。彼女にとっては無神経と捉えられてもおかしくないような文言になってしまったのではないかと不安になりつつ、答えを待っていると、しばらくして彼女の口からとある人物の名がこぼれた。
「ヒトミのことで、ちょっと」
どう返して良いのか分からなくなってしまった僕は、食べかけの自分の弁当とまじかで向き合うように俯き、静かに頭を抱える。
「ヒトミ」とは確か青海さんが中学の頃、人との関わり方が分からないために、図らずも嫌なことをしたばかりに逆に青海さんによって不登校に追い込まれてしまった人物だったはず。僕が青海さんと初めて出会った際に遭遇した青海さんの想像の暴走は、メデューサのようでありつつ、青海さんいわく、不登校になった頃の彼女の姿をかたどっていた。
青海さんにとってのトラウマであり、あまり人に話せたことではないヒトミさんとの記憶が、もしどうしても実行委員に立候補したことにつながるのだとしたら──
しかし、かといって立候補した動機に関連するヒトミとの記憶のうち、青海さんの印象をあまり下げない部分だけかいつまんで説明したり、ましてや嘘の動機を作るのは後味が悪い。
青海さんの悪かった部分も含めてそれが、今の青海さんを形づくっているのだから。
「……やっぱりあんまり、言わない方がいいよね」
彼女は心配そうに声をかけてくる。確かにその通り、普通ならあまり言わない方がいいだろう。
にも拘わらず、僕はこんな質問をする。
「もしも立候補した動機を話すとしたら、どんな感じになる?」
「青海さんらしさを盛り込むべき」と言ったのは僕だから、「悪いことは盛り込まない」なんて都合が良くて筋が通っていないことは、口が裂けても言えなかった。
「えっと、そうね……」
青海さんはすこし考え込んだ後、スマホの原稿のデータに加筆を始める。
「こんな感じになりそう、かな」
しばらくして、彼女は再びこちらにスマホの画面を見せてくれた。あまり使い方が慣れないスマホのメモアプリの画面をなんとかスクロールし、加筆箇所を読んでみる。
◇
なぜあたしが実行委員に立候補したことについてですが、先日、訳あって、とある中学の同級生の女子と再会する機会がありました。
彼女はかつて、人との関わり方が分からない故に、あたしによく嫌がらせしてきて、あるとき、あたしの首に噛みついてきたことがありました。 それに対して限界を迎えた当時のあたしは、彼女に強い言葉を言ってしまったせいで、以降、彼女は不登校になってしまいました。
そんなことがあってか、再会した時の彼女は一層激しく人見知りするようになっていました。
彼女に再会し、昔のことについてお互い謝り終えた後、ある時、彼女はあたしに文化祭のことについて聞いてくれました。彼女は文化祭に行きたそうでした。
その時、文化祭のことを話す彼女が見せてくれた久しぶりの笑顔を見て、あたしは確信しました。かつて自分が傷つけてしまった彼女のような人見知りな人も一緒に楽しむことができ、一緒に笑顔になれる文化祭ができたら、より良いのではないか、と。
きっとこの学校にも、人見知りな人は少なからずいると思います。そんな人も分け隔てなく一緒に楽しめる文化祭を、あたしは実行したいのです。そのため、文化祭の実行委員長に立候補しました。
◇
加筆される前は原稿中に「委員長に立候補する」と書かれていなかったので、読んだ際は少しびっくりしたものの、すぐに納得でき、驚きは吹き飛んで消えた。
「うん、もし字数とか時間の制約が大丈夫なら、いいと思う」
そこに、青海さんらしい動機があって、真っすぐに伝わってきたのだから。
もしも投票することになれば、中学生になってからの僕は人見知りなこともあり、きっと青海さんに投票すると思う。
「ありがとう。 赤山に読んでもらえて、よかった」
安心した笑顔の彼女は、ゆっくり立ち上がって席を離れると、そのままお昼のこの教室を後にした。
それは、とても軽やかな歩みだった。




