第百一話 「スピーチの題名」
イエローがトラウマを乗り越え、一夜明けた翌日の昼休み。教室の出席番号一番の席で、僕は独り弁当を食べていた。今朝イエロー本人に聞いたところ、昨日の余韻にまだ浸りたいみたいで、どうやら今日は音楽室に行かないつもりなのだそうだ。
数日に一回の昼休みに保健室登校ならぬ音楽室登校をする彼へ、以前、なぜいつもは学校をサボっているのか聞いた際、純粋に勉強するのが嫌いな上に、そんな嫌な勉強をすることの意味が見いだせないから、とのことだった。けれども振り返ってみると、彼が今まで学校に来ていなかったのは、トラコのトラウマも関わっていそうな気がした。いつもは放課後の中庭で堂々と演奏する彼が、トラコに対してあんなに怯えるくらいなのだから、本人が自覚していないうちに理由の一つになっていてもおかしくないだろう。
それと、これはあくまでも予想なのだが、イエローのトラウマの原因である「トラコにギターを破壊された」というのは、彼には申し訳ないがトラコが壊したわけではない気がする。白の柄による想像の暴走が終わった後の彼女を見ていると、他のメンバー二人に対して真面目な態度を見せる彼女がそんなことをするとは思えないのだ。
その上、イエローがギターを壊された時の話をした際、目を離した隙に何者かによって壊されており、直感的にトラコだと確信した、ということを彼は言っていたのだが、改めて頭の中で噛み砕いてみると、あくまでも直感的にトラコが壊したのだと決めつけているようでもあった。
口の中では弁当のおかずであった固めのブロッコリーもかみ砕いていると、普段はこの教室で見かけない人物が入ってきた。
青いリボンのセーラー服を着た、外にハネたロングヘアーが特徴的な彼女は、先輩の青海さんだった。最初に会った頃、彼女は七宝柄の甚兵衛を羽織っていたのだが、こうして甚兵衛を羽織っていない今の彼女を見ると、やっぱり妙な違和感を感じる。
昨日の、おそらく白の柄による想像の暴走に憑依されたのであろうトラコの話をしようか迷った矢先、彼女の方から僕に声を掛けてきた。
「ねえ赤山、ちょっと読んで欲しい物があるんだけど、隣いい?」
「あ、うん」
彼女は隣の空いている席に座ると、メモアプリに何かの文章を入力したスマホの画面を僕に見せてきた。
「実はあたし、文化祭の実行委員に立候補しようと思ってて、来週の臨時生徒総会で立候補者としてスピーチするんだけど、どうかな」
どうやらこの文章は、そのスピーチのための原稿のようだった。
「もしかして、スピーチの題名って、これ?」
「そう。 結構いい題名にできたと思うんだけど、どうかな」
僕が指さしたメモの題名部分には、「誰も一人にしない文化祭」と書かれていた。




