第一話 「無頼」
夜の川のせせらぎに隠れて、金属同士がぶつかるような、鋭い音が響いてくる。
二本の鋭いシルエットが交わるたび、迸る眩い火花は暗闇を切り裂き、刀のような銀色の金属光沢が一瞬輝かせた。
さらに、散りゆく光の粒の数々は、刀を振るって拮抗する両者の姿も時折照らす。
引き締まった脚で俊敏に川の水を散らす彼女は、四肢の袖をまくった道着服のような物を着ており、真っすぐで素早い太刀筋を上気味に繰り出す。刀を振るう腕の動きに合わせ、水色の七宝柄の甚兵衛がはためく様は、相手にしている者に対する必死さを体現していた。
他方、その相手である全裸な長身の者は、細長い腕や脚に見合わない重々しさを全て刀に載せており、半ば殴りかかるように上から彼女へ振り下ろしていた。腰まで伸びた長い髪が宙を舞うほどに、力を込めて刀を振るうが当たることは無く、寸でのところで彼女によけられてしまう。
やがて太陽が川の水面を覗き、水面がところどころ白く煌き始める。
長身の男がもう一度振り下ろそうとしたその時。
「無頼!」
彼女の刀身、そして目が原色に近い青色に光り、隙だらけになった首根っこを狙う。
差してきた日の光の下で、長身の者の首は上ってくる太陽のように、上へと舞い上がるはずだった。
しかし、いよいよ刃が首に当たろうとしたその時。
首も相手も消えた。
水色の七宝柄の甚平を着る彼女は、まさか空振りしてしまうとは思わず、勢い余って砂利の川底へ顔から倒れ込んでしまう。
すぐさま起き上がると、彼女は痛みに悶える声を反射的に漏らすとともに、その場に縮こまって赤く腫れた額を抑える。
「まさかあたし、一人のみならず、もう一人まで……逃した?」
彼女にとっては、これは一度目ではなかった。時折、悔しさ滲むセリフを吐き、そのたびに唇を嚙み締める。
しばらくして辺りが明るくなってくると、どこかで別の敵と戦ったのか、道着服に身を包みながらもボロボロになった、彼女の父親らしき恰幅の良い男が川に走り込んできた。夜中に川で戦い続けた彼女の背中を、彼はさすりつつ、肩を貸した。
そうして二人は、川から上がって去ろうとする。
日の出の直前まで戦いがあったその川は灰色に濁っており、揺れ動く水面に彼女の黒い影が映し出された。
それは太陽の光の割に、あまりにも濃く、はっきりとした影だった。




