【09 風の谷の村】
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・【09 風の谷の村】
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風の谷の、まで言うと、さすがに二十世紀に流行ったアニメ映画のタイトルが浮かんでしまう。
それは古典として、普通に二十三世紀の人間も知っている。そこからとったのかな、この村って。
谷が細くなっているところに門が構えてあり、そこを抜けると、またそれなりの広大な大地が広がっている感じだ。
とはいえ、土砂崩れとか怖くないのかな、と思ってしまうけども、まあ一番ここが住みやすいんだろうな、とは思う。
キャンピングカーから降りて、キャンピングカーはウンソの術で小さくして、私の胸ポケットに入れた。
中に入ると、普通に乳牛が歩いているわけだけども、何かコミカルな乳牛で、アニメチックな感じがした。
するとその乳牛がこちらを見るなり、
「最近トイレが無くなっちゃって、クサいモー。旅の人も気を付けてモー」
と喋り出して、ここの乳牛ってアニメチックなだけあって、喋るんだと思った。
というか確かにこの村に風が吹くと、クサい匂いがしている。勿論、糞便の匂い。
でもこういう匂いって牛小屋からしたりするものだけども、この乳牛のせいとかじゃなくて、トイレが無いせいなんだ。
いや確かにこの乳牛は喋っていても、全然クサくない上に、むしろヨーグルトの美味しい香りがする。
村人たちは遠目から私たちを見るだけで、関わってこようとはしない。何かに怯えているようだった。
反比例するかのように、どんどん乳牛が私とウンソに集まってきたところで、ウンソが、
「可愛くてヨーグレットみたい」
と呟くと、乳牛たちは”てへっ”と笑って、和やかな雰囲気になった。
ヨーグレットは褒め言葉として成立するんだと思いつつ、村の中を歩いているわけだけども、乳牛たちがどんどんついてくる。
さながら乳牛を先導している農家みたいな感じになってきたところで、ウンソは後ろを振り返って、
「君たちの長はどこかな?」
と優しく聞くと、後ろを歩いていた乳牛が皆、同じ方向を左前足で指差すと、黄金色に輝く乳牛が家の窓の中からひょっこりと顔を出した。
普通に人が住んでいる家の中にいるんだと思っていると、その乳牛が窓から外にそのままズルリと出てきて、そこは動物だな、と思った。
黄金色に輝いている乳牛、というか発露しているのかな、と思っていると、その乳牛が二足歩行になり、トコトコと歩いて可愛くこっちへ手を振って向かってきた。
「長だモー」
と言った乳牛たちに小声でウンソは「おさだ?」と言って、ウンソが長という言い方し始めたんでしょ、分かるでしょ、と思った。
黄金色に輝く乳牛は会釈しながら、
「スーパー乳牛だモー」
と言って、そんな、自称ですごい、と思ってしまった。
そのスーパー乳牛はどこからともなく、牛乳瓶を差し出してきて、
「お近づきの印だモー」
「ありがとう」
とウンソはためらいなく、その牛乳を飲み干して一言。
「牧場の朝」
何だろう、この少し凝った雰囲気を醸し出しているけども、ありがち過ぎる表現は。ちょっと滑っている感もある。
ウンソは少し恥ずかしそうに照れながら、その瓶をスーパー乳牛に渡すと、スーパー乳牛はその瓶を一瞬で消した。
というと、と思った私は、
「スーパー乳牛はずっと発露をしている状態ということ?」
スーパー乳牛はコクンと頷いてから、
「そうなんだけども、乳牛も敬語使われたいモー」
「あっ、ゴメンなさい、長ですもんね、スーパー乳牛さん」
満面の笑みになったスーパー乳牛さん。小さく拍手しているくらい。可愛いからまあいいか。
すると後ろにいる乳牛さんたちが口々に、
「この人、ケガしてるかもモー」
「そうかもモー」
「スーパー乳牛さん、健康ミルクあげたほうがいいかもモー」
と言い出して、かもの”も”とモーは絶対別々に言う不文律があるんだなぁ、と思いつつも、ケガをしているってどういうことと思っていると、ウンソが、
「まあ水龍と闘った時の水圧ビームの打撲が治り悪くてな」
と言ってちょっと胸のあたりをさすったので、
「ちょっと! そういうことは私に言ってよ!」
「あんま乃子に迷惑掛けたくなくて」
「迷惑とかじゃないし! 言わないほうが迷惑だよ!」
「じゃあ心配、心配のほう」
と矢継ぎ早に取り消すようにウンソが言ったんだけども、私はモヤモヤが晴れず、ついキツイ言い方で、
「何かあったら絶対知らせてよ!」
するとスーパー乳牛さんがうんうん頷きながら、
「じゃあ前借りだモー、ここのトイレを壊す敵を倒すと見越して、健康ミルクをあげるモー」
というかスーパー乳牛さん自身は敬語じゃないなぁ、と思ったところで、スーパー乳牛さんが輝く牛乳瓶をまたどこからともなく出した、と思ったら、スーパー乳牛さんが「おっとっと」と言うと、なんとこぼしてしまったのだ。
「もぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
とスーパー乳牛さんが声を荒らげながら、私たちの進行方向だったほうを見ると、そこにはマタドールのような男性がいた。
「オマエの風だもぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」
スーパー乳牛さんは怒り心頭という顔でそのマタドールのような男性のほうを見ると、そのマタドールのような男性はニヤリと笑ってから、
「敵の回復をみすみす見過ごすわけないだろ、そんなミスはしない」
と”みす”って言い過ぎでしょ、致死量越えてるでしょ、とは思った。
というか、
「貴方がこの風の谷の村を支配下に置いている、オーガニック・ゴッドの手下ですか」
「いかにも。いかがかな? わたくしのご様子はイカすでしょう」
小さな駄洒落が苦手です、と言いたい気持ちを堪えた。発露が始まったら全部出るんだろうけども。
ウンソはマタドールを指差しながら、
「駄洒落がおもんない」
とハッキリ言って爽快だった。
マタドールはイライラしているような面持ちで、
「忍者の里の人間だな!」
と何か急に文脈とは関係無いことを言い出して、何だろうと私は思いつつも、ウンソは、
「そうだ! 忍者の里でMUTEKIトイレというモノを作り、配布の旅をしているウンソと助手の乃子だ!」
と正直に答えると、マタドールはデカい声で、
「やはりオマエがそういうことか! ならばさっさと蹴りをつける! だがオマエの噂は聞いているからな! 最初から全力だ!」
と腕を広げると、発露が始まるような感覚になって、相手はもう使ってくるんだと思った。
マタドールは続ける。
「わたくしは妹が人質にとられていて、解放条件は忍者の里の者を殺すか、わたくしが死ぬしかない! これ以上の発露なぞ無いだろう!」
全身が血潮のように赤く輝き始めたマタドール、そんな中でも色を変える遊びがあるのか、それとも、もはやそうなってしまっているのか。
なんとなく後者のような気がした。命を賭けて闘う男性の目つきだったから。
ウンソも負けじと発露を開始した。
「俺は、宴会で、誰でも分かる種のマジックを親戚にイキりながらやっていた!」
ウンソの両手が黄金色に輝き出した……いや!
「ウンソの発露、弱っ!」
即座にウンソが「俺のほうが恥ずかしいだろうがぁっ!」と言いながら、手から鳩を大量に出した。
その鳩がマタドールに襲い掛かったけども、持っていたマントでひらりとかわす、というか、マントをなびかせた方向に誘導されて、どこか明後日の方向へ飛んでいってしまうようだった、が、ウンソはニヤリと笑ってから、
「そいつら自体が攻撃じゃない! 鳩よ!」
と天を指差すと、鳩が一気にマタドールの真上の上空でホバリングし、フンを落としたのだ!
「技、汚っ!」
とツッコんだんけども、なんとフンが火薬があるように炸裂し、爆弾だったんだと思った。
これは直撃した、と思ったんだけども、全てマントでガードしていたようで、マタドールは無傷だった。
マタドールはマントをなびかせると一気にマントが巨大化して、まるでマタドールとウンソの前に巨大な幕があるような感じになり、マタドールの様子が一切見えなくなった、と思ったら、なんとウンソの真後ろに瞬間移動していて、そこからどこからともなく出現させた剣の牙突一発! なんとウンソの腹を貫いた!
「ウンソぉぉおおおおお!」
と私は悲鳴をあげてしまうと、ウンソは笑いながら、こう言った。
「ウンソマジック!」
ウンソはその場で爆発して、さすがにその爆風をマタドールは喰らってしまい、顔をしかめる。
マタドールが出現させた巨大な幕が透過するように消えていくと、なんとそっち側にウンソが立っていて、めっちゃ黒焦げになっていた。
「いや! 自分もちゃんと爆発喰らってるぅ!」
マタドールは憤りながら、
「ふざけるな!」
と言ってまた牙突を繰り出すと、ウンソは巨大なトランプでガードした。トランプの柄であるキングがステッキで受け止めていた。
ウンソはそのトランプを上空に投げるように、マタドールの剣を上に弾くと、ウンソが笑いながら、
「仕込み杖!」
と、どこからともなく杖を出しつつ、その杖の鞘も抜き、中からなんと銃を出して、弾丸をマタドールに乱発。
マタドールはそれをマントでまた明後日の方向に飛ばそうとするが、一発は当たり、苦悶の表情を浮かべる。
なんか、割と一方的だし、ウンソが真面目に闘っている……と思ったその時だった。
マタドールが力強く、まるで赤いルビーのように輝き出して、
「こんなところで負けられないんだよ! わたくしは妹とつつましい生活をするんだぁぁああああ!」
と声を荒らげたと思ったら、またマタドールがまるで闘牛のように牙突を繰り出したんだけども、あまりにも速く、神風に乗っているような速度で、ウンソも何か行動に移すことができず、ウンソの胴体に本当に刺さった?
と思ったら、なんとか腰をねじって、当たる箇所が脇腹になったんだけども、脇腹の二センチくらいは抉れて、本当に血が出ていた。
私は声も出せずに、ただ見ることしかできなくなっていると、ウンソが言った。
「で、貴方が選んだ死に方はこのキングでよろしいですね?」
ウンソの表情は冷徹そのもので、左手にさっきのガードしたトランプよりはずっと小さい、普通サイズのキングのカード、そして右手には仕込み杖の形状をし、先端が刀になっているもの。
「死になさい」
と淡々と言ったウンソの凶刃はマタドールの首を跳ねた。
マタドールはもう全てのチカラを使い果たしたように、観念した面持ちで、一歩も動けなかった。
というか、えっ、殺しちゃった? 敵とはいえ、殺しちゃったってマジで……ちょっと、ちょっと……。
「ウンソ、さすがにやり過ぎだよ」
ウンソは鼻で笑ってから、
「だって殺すしかないんだろ? 人質の妹を解放するにはさ、その人質、どこにいるんだよ、ここにいれば助けられたけども、どこにいるか分からない人質を助けることなんて現状無理だ」
「でも!」
「というかさ、俺のことを心配してくれよ、脇腹抉れているんだぞ」
「でもさ!」
と言ったところで、スーパー乳牛さんが近付いてきて、
「早く健康ミルクを飲むモー!」
と言いながら、黄金色に輝いた牛乳瓶をそのまま持って、軽くジャンプしてウンソの口元に飲ませるように持っていくと、なんとみるみる抉れていた脇腹が塞がっていったのだ!
冷酷な雰囲気を醸しだいていたウンソもさすがに表情を崩して「マジか!」と声をあげた。
ウンソは軽く屈伸やストレッチみたいな動きをしてから「マジで全傷が回復したっぽい」と言ったんだけども、いや今そんな明るい感じ出されても、という気持ちだ。
でも少しは気になることがあるので、
「余命は、どうなった感じ? 自分で分かる?」
と聞いてみると、ウンソは首を横に振って「余命は半年のままだな、まあそんなもんだろ」と答えたところで、スーパー乳牛さんが目を見開いて、
「君は余命半年だモー! それは大変だモー! やっぱり僕は今こそ完璧な乳牛になるべきだモー!」
私は小首を傾げながら、
「完璧な乳牛って何ですか?」
「余命も回復させるような健康ミルクを作り出す旅に出るモー!」
そう宣言すると、周りの乳牛たちが二足歩行になって拍手し始めた。みんな二足歩行になれたんだ。自らの意志での四足歩行維持だったんだ。
スーパー乳牛さんは意気込むように、
「凄腕の医者から余命アップ健康ミルクを教えてもらうモー」
と言ったんだけども、私は何か言いたくなって、
「凄腕の医者はミルク状にすることは知らないような気がしますよ」
「いいや、全ての健康はミルクに繋がるモー」
と聞く様子は無かった、というか、何か発露中みたいに言いたいこと全部言ってしまうなぁ。
もうバトルが終わったらウンソの発露は終わるはず。それともスーパー乳牛さんが常時発露をしているっぽいし、その影響かな?
とはいえ、スーパー乳牛さんの発露内容を聞いているわけじゃないから、それでこっちにも影響があるとか変なような気がするけども、そういうシステムなのかな、と思っていると、なんとウンソの両手は未だに黄金色で、
「発露ってずっとしていていいの? それはそれで命削る系じゃないの?」
とウンソに言ったつもりだったんだけども、スーパー乳牛さんのほうが、
「スーパー乳牛は常時健康ミルクオーラに包まれているから平気だモー」
スーパー乳牛さんが喋り終えてから、ウンソが、
「そう、命削る系ではある」
「じゃあ早く止めなよ!」
「やっている最中なんだよ!」
「何を! もうバトルはマタドールを殺して終わったんでしょ!」
するとウンソが急に神妙な面持ちになってから「もういいみたいだ」と言うと、ウンソがマタドールに手をかざし、
「ウンソマジック!」
と叫ぶと、なんと跳ねられていた首がコロコロと転がり、マタドールの首元まで戻っていくと、マタドールが光ったと思ったら、なんと首が繋がっていて、しかもマタドールが上体を起こしたのだ。
「どういうことだ……わたくしを殺したんじゃないのか……?」
「ずっと敵が監視していたから、殺したフリをした。これで人質の妹は解放されるはずだ。つつましく生活はできないかもしれないが、向こうの命は多分大丈夫のはずだ」
私は声を震わせながら「ウンソ!」と叫びながら抱きつくと、ウンソは優しい声で、
「俺は乃子が悲しむような闘い方はしない」
と耳元で言ってから、頭をポンポンしてきて、急にムーヴがイケメン過ぎて、軽く冷めたので、早めに離れた。
でもウンソはめっちゃ満足げな表情をしていて、でもまあそれは別にいいか、それほどのことしたし、とは思った。
さて、と思っていると、ウンソが、
「というかマタドールよ、医者に整形してもらえばいいんじゃないか」
と言うと、マタドールは肩を落としながら「そんなお金は無い」と言ったんだけども、スーパー乳牛さんが笑顔で、
「じゃあ整形ミルクを飲ませてあげるモー、身体を治す要領で顔を変えられるモー、君がなりたい顔を思い浮かべるモー」
マタドールはビックリしながら、
「そんなことができるのか! ありがとう! スーパー乳牛さん!」
スーパー乳牛さんはまたどこからともなく牛乳瓶を取り出して、それをマタドールが飲むとみるみるうちにまるで美少女のような顔になっていき、私は心底驚いてしまった。
というか、
「何で美少女のような顔になりたかったんだ!」
と、これは私の意志でハッキリ言うと、マタドールはこう言った。
「わたくしは、妹のような顔になりたかったんだ」
いや血縁関係を隠すための整形なのに、逆に寄せてどうするんだよ、とは思ったけども、まあ今までのマタドールのイメージとは全く違う顔にはなっているから、いいのかもしれない。
というかスーパー乳牛さん、こんなこともできるのなら、マジで余命をアップさせる牛乳とかできるかもな。
私たちは、スーパー乳牛さんとは別々の道を歩むことになり、マタドールは妹をこの村に連れてき次第、この村の番人をすることになった。
納得いく形で全てが終わって、私はホッと胸をなでおろしている。
ちなみにスーパー乳牛さんはあばらの森という森に住む医者へ会いに行くらしい。
「何かあったらウンソくんと乃子くんも来るモー、もしかしたら僕が助手しているかもだモー」
と言っていた。女子にもくん付けするほうなんだ、と思った。