【01 夜遅く】
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・【01 夜遅く】
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もう寝ればいいのに。
いつもウンソは夜遅くまでトイレと忍術の研究をしている。
東日本から、あらゆるトイレが破壊されてからもう八年、ウンソは毎日のように絶対に壊れないトイレ”無敵トイレ”を作ろうと躍起になっている。
そもそもトイレを破壊するような連中が悪い。一体何が目的なんだ、オーガニック・ゴッドという人間が率いる連中は。
世界中のトイレを壊して、言うことが『人間はゴリラに戻るべき』って意味が分からない。
トイレ無くても精神がゴリラならもうゴリラなはずなのに。
私は夜にお腹がすいて冷蔵庫へ向かった。
私が寝泊まりする研究棟は常時電灯がついているけども、何割かの電灯は既に故障していて、電気がついていないため薄暗い。
オーガニック・ゴッドがこの東日本を支配してからは、物資が滞っている地域もあり、欲しいモノがあまり手に入らない状況だ。
それでも食料などは、私たち忍者の里は自給自足や忍術でどうにかしていることもあり、まだまだ必要最低限の物資なら全然平気だけども、忍者の里を出たら一体どうなっているのか。
冷蔵庫の前に、ふと、まだ明かりのあるウンソの研究室の扉を少し開けて中を覗くと、なんと……!
「トイレが浮いてるぅぅううううううううううううううううう!」
水洗トイレが宙をふわふわ浮き、黄金色に輝いていたのだ。
私のドデカい声に気付いたのだろう、ウンソが私のほうを振り向いて、
「おぉ、ちょうど完成したぞ、MUTEKIトイレ」
と言ってニッコリと優しく微笑んだ。
「無敵トイレって浮いてるのっ? 浮いて用を足すのっ?」
と私が物理的にも詰め寄ると、ウンソはあっけらかんとしながら、
「いや、物語の冒頭は浮かないモノが浮いていたほうがいいらしい」
「そんな! 新人のライト文芸を読んだ編集者みたいなこと言わないでよ! この作者は分かってる、じゃぁないんだよ!」
「いやいや、MUTEKIトイレの物語はここから始まるわけだから、やっぱり浮かさないとな」
「私が来なかったら一人で浮かせていたってこと?」
「そりゃそうだよ、結構、数時間は浮かせていたし」
と言いながら、ウンソは無敵トイレを床に優しく置いた。
「忍力を無駄に使うなよ! 疲れるでしょ!」
と私が声を荒らげると、
ウンソは近くにあったイスに座りながら、
「そう、疲れる。というかなんやかんやあって、俺、もう余命半年だし」
「余命モノの一面キタ!」
「いや人の人生をライト文芸みたいに扱うなよ」
「いやでも! 余命半年ってどういうこと! ウンソがいなきゃダメでしょ! フランクに言うからフランクにツッコんじゃったけども!」
「しょうがないだろ、MUTEKIトイレの開発にはそれだけ気力を注がないとダメだったんだから」
妙に冷静に、元々分かっていたことのように、当たり前の顔でそう言い放つウンソ。
いやでもそんな……私はウンソのことがずっと……それが余命半年って、そんな本当……えっとぉ、
「冗談じゃない、よね……? いや本当は冗談でしょ!」
「いやもうガチ中のガチ、ガチ中学校おもしろ心理学科だよ」
「じゃあ冗談ってことっ?」
「何でそうなるんだよ、めちゃくちゃガチだよ。でもあれらしいな」
そう言って斜め上のほうを見たウンソ。
何だろうと思っていると、ウンソが改めて私の瞳を見ながらこう言った。
「今の若い子、めちゃくちゃって言わないらしいな。めちゃめちゃとか、めっちゃって言うらしい。あと図書室も図書館だから気を付けたほうがいいぞ」
「何の校正だよ!」
「いや。何か乃子はライト文芸が好きっぽいから、執筆するなら気を付けたほうがいいって話で」
「ライト文芸は読み専! 書かないよ! MUTEKIトイレ開発の助手めっちゃしてたじゃん!」
「でも休む時間を削って、ライト文芸書いていてもおかしくないじゃん」
「そりゃ他に忍者の子にはそういう子いるけども! 私は違うよ! 読み友!」
「まあな、SNSで募集かけた人に読んでもらうより、身近な人に読んでもらったほうがいいもんな」
私はちょっとイラッとしながら、
「そういう話はどうでもいいの! 余命半年ってバカじゃないの! 完成した無敵トイレを広めることだってしないといけないのに!」
「うん、だから明日から行くよ。東日本にMUTEKIトイレの設置や、あとオーガニック・ゴッドを倒すための行動とか」
「余命半年なんでしょ! もうゆっくりすればいいじゃん!」
「何のために余命半年になったんだよ、俺が生きているうちに全て解決したいんだよ。だから乃子、いいや森乃子」
「急にフルネームで何よっ」
「オマエを俺の後継者にするから、まずは一緒にMUTEKIトイレ設置の旅についてきてほしい」
淡々といつも通りに喋りをこなすウンソ。
私はグッと気合いを喉に込めながら、
「元からそのつもりだよ! バカ!」
「バカじゃないけどな。研究者でもあるから」
「知ってるけど、そういうことじゃない!」
現在、二十三世紀の忍者は科学者でもあり、日々、新しい技や新技術の開発を行なっている。
さらにウンソは前代未聞の無敵トイレの開発に励み、ついに完成させたみたいだ。
出した糞尿を一瞬にして完全な肥料にし、またどんな攻撃でも壊れない無敵トイレを。
また、そこに忍力を込めることにより、無敵トイレが時折分裂して、二個になり、お隣さんにお裾分けできる機能もつけたらしいが、まあ忍力を込めれば当然生命も削るわけで。
私たちの忍者の里随一の忍力を誇ったウンソがまさか余命半年にまでなってしまうなんて。
何で……何で!
「私の忍力を使ってくれなかったの! 幼馴染でしょ!」
「いや、幼馴染は関係無いだろ。実際後継者に指名しているし」
「でも! その初期投資というか! 最初の、ブーストの部分が大変だったんでしょ! 私の忍力も使えば良かったじゃない!」
「同じ忍力でやったほうが、誤差が出ないんだよ。だから俺が死んだら乃子がしっかりやってくれよ。点検とかも必要になるかもしれないし。まあ点検がいらないように作ったけども」
「ウンソが死んだら意味無いじゃん!」
「何でだよ?」
と純粋な瞳で小首を傾げたウンソ。
私の気持ちなんて知らないで。私はずっとずっとウンソのことを考えて生きてきたのに。
当のウンソは東日本というか世界のことばかり、そりゃそうだろうけどもさ、だからこそ私もウンソについていこうと思ったんだけどもさ。
でももうこうなってしまったことは本当に事実なんだろう、だから、
「じゃあその余命半年! 一生懸命ついていくから!」
「おう! よろしくな!」
そう快活にサムアップしたウンソ。
本当にお気楽。本当に余命半年じゃないように。でもきっと本当なんだろうな。ウンソは変なことばかり言うけども嘘は言わない。
明日から無敵トイレを設置する旅に出るし、オーガニック・ゴッドも倒せるように善処すると最後にウンソはそう言った。
善処って、しないヤツのビジネス用語だけども、きっとウンソはする気でいる。
だから私はそれを全力でサポートする気だ。
自分の部屋へ戻った私は、早速明日の旅の準備をし始めた。
ウンソは言ったら即行動するほうなので、そんな悠長なことはしてられないと思うから。
本当は冷蔵庫の中のプリンを食べようと思っていたんだけども、それはもういいとした。
次の日、朝起きると、もうウンソが外でキャンピングカーのキャンピングたる部分をバナナボート型にして、車輪の上に忍力で乗せ、多分接着している作業をしていた。
いや光景を見て、脳内で咀嚼して、そう思ったんだけども、それよりもというかなんというか、
「ウンソ、この際バナナボートみたいにしたのはいいとして、何でバナナボート型の部分を茶色に塗ったの? 黄色で良くない? 黄色のほうが可愛いじゃん」
するとウンソは満面の笑みを浮かべながら、こう言った。
「こっちのほうが無骨で、魔人無骨でカッコイイだろ」
「魔人無骨って二十一世紀の時にいた漫才師だっけ? 写真見たことあるけども、確かに大きいほうのジャケットがこの色だったね」
「おいおい、大きいほうがこの色って、ウンコみたいに言うなよっ!」
「そんなつもりで言ってないし、微妙に台詞を加工しないでよ!」
まじまじとバナナボート型の部分を見ると、まあ確かにウンコっぽい。というかまじまじ見なくてもそう思ってしまえば、絶対ウンコだ。
そう、ウンソはこういうところがある。昔からウンソはウンコネタ(下ネタ含む)が大好きなのだ。
まあこういう子供っぽいところも嫌いじゃないけども、というわけで、私は昨日の夜に決めたことを言うことにした。
「ウンソってあんま自分の本当の気持ちを述べないからさ、毎日手記を書いてよ。私がそれを毎日読むから」
「テシュキ?」
「テはいらないけども、手記のテがシュだからシュキだよ」
「テシュキかぁ」
私はちょっと声を張り上げながら、
「だ・か・ら! 手記ね!」
「そんな手コキみたいに言われても」
「ウンソが勝手に言ってるんでしょ! 私がそうツッコまないからってセルフで言い出すな!」
「セルフプレジャーみたいに言われても」
「セルフ発で言うな!」
まったく、ウンソって何でこんなウンコネタ及び下ネタが好きなんだろうか。
まあある意味それしか楽しみが無かった……って言い方すると、あまりにも寂しい人なので、もういいことにした。
こういうヤツではあるし、そもそもウンソのこういう一面も別に嫌いじゃない。私は流せる淑女なので。ウンコばりに。
私は自分の荷物をキャンピングカーのキャンピングたる部分に乗せていると、奥にスペースがあり、そのスペースが脈動していた。
何だろうとじっと見ていると、中に入ってきたウンソが、
「MUTEKIトイレの細胞分裂を早めるスペースだよ、MUTEKIトイレを何基も乗せられないからね」
ちゃんと仕事はできるんだよなぁ、自分の余命を削ってしまうくらいに。いやむしろそれは仕事のできないヤツか?
荷物を運び終えた私はそのままキャンピングカーのキャンピングたる部分のソファーで座っていると、ウンソが、
「冷蔵庫に名前を書いたプリンあったぞ、食べなくていいのか?」
「そんなしょうもない話、村を離れる時にしなくていいよ」
「プリンに挨拶したか?」
「みんなには挨拶したから大丈夫!」
「どうせプリンを入れたプラスチックもMUTEKIトイレで肥料にできるから、食べるといいよ」
そう言ってウンソが私にプリンを手渡してきた。木のスプーンも一緒だ。
こういう細かな気遣いができるから嫌になる。いいや好きになる。だから本当にずっとずっと好きだ。
ウンソが余命半年なんて嫌だ。というか信じない。絶対に信じない。ウンソの勘違いだと思い込んで、私はプリンを流し込んだ。
するとウンソが、
「プリンを喉に詰まらせるなよ」
「流し込めるくらいの大人だよ!」
「そんなことないだろ、まだ十八歳だろ」
「それを言ったらウンソもね!」
「余命半年までいったら、むしろ九十七歳だろ」
「あぁ、そっ!」
としか返事できなかった。だってウンソが余命半年を本当のことのように言うから。
私とウンソは村を出て、結界を抜けて、ここから一番近い町へ向かった。
まずは近間から救っていき、徐々にオーガニック・ゴッドがいる都市へ近付きつつ、その道中もまたMUTEKIトイレを設置していく算段だ。
私とウンソの旅はついに始めったのだ。
キャンピングカーの運転は私がする。一応自動運転もできるけども、人が運転したほうが細かな運転ができるし、そういう運転のようなことは私のほうが得意だ。