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彼を目で追ったのは、
あの日の、ほんの一瞬だけだった。
それだけで十分だった。
そう思おうとした。
あの背中が、
何かを変えてしまうような気がして――
これ以上は、もう見ないようにしようと決めた。
教室で見かけても、
目が合いそうになっても、
すぐに視線を逸らした。
彼の名前も知らないままでいい。
知ってしまえば、
もっと気になってしまう気がしたから。
関わらなければ、きっと何も起きない。
知らなければ、きっと何も揺れない。
知らない振りをすれば、遠ざかるはず。
そんなふうに思いながら、
自分は新しい日常に馴染んでいった。
クラスメイトとの会話。
教科書を開いて、ノートをとる毎日。
廊下で笑う声。
少しずつ、自分の居場所ができていく。
その居場所は高校生活では欠かせないようになった。
これが今まで楽しみにしていた学校生活があった。
放課後には一緒に帰り、たまには遊び、そんな楽しい生活を送る。
でも、たまに思い出す。
あの日の春の風に揺れた黒い髪と、
振り返らなかった後ろ姿。
見なかったことにしたはずなのに、
心の奥で、まだ風がそっと吹いている。
チラつく彼の姿をどこかで探したいと思っている自身がいた。