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君の横顔は  作者:
2/6

あの春の日に見た背中は、思っていたよりも近くにあった。


入学式から数日後、新しいクラスに割り当てられた自分は、

窓側のいちばん後ろの席に座っていた。

外の光が静かに差し込むその場所は、

なんとなく安心できて、気に入っていた。


背中を預ける壁が近くにあることで、少しだけ気が楽になる。

新しい環境、新しい人間関係。

誰とも深く関わらずにいられたらいい、そう思っていたはずだったのに――


ふと前を見ると、

教室の真ん中あたり――前の方の席に、見覚えのある後ろ姿があった。


黒くて、さらさらとした髪。

まっすぐな背中。

数日前、駐輪場で見かけた、あの人だった。


そのときの情景が、急に胸の奥で再生される。

夕暮れの光に包まれながら、自転車を押していたその人は、

周囲の喧騒とは少し違う、静けさを纏っていた。

誰かと笑い合っていたわけでもないのに、不思議と、目を引いた。


思わず息をひそめてしまったのは、

目を合わせたわけでも、声をかけられたわけでもないのに、

胸の奥が、ざわっと波立ったからだった。


名前はまだ知らない。


教室で何かを話している声も、遠くて聞き取れない。

でも、自分の視線は気づけば、

何度もその背中を追っていた。


気づかれたらどうしよう。

でも、見ないふりをするのは、もっと苦しかった。


なぜそう思うかもわからないまま、気になって仕方がなかった。

その人が何を考えているのか、

どんなふうに笑うのか、

そういうことが、知らないはずなのに、知りたくなっていた。


そんな自分の様子なんて知らないまま、

隣の席の子が話しかけてきた。


「ねえ、この授業の先生、誰か知ってる?」


少し驚いたけれど、自分は小さく首を振った。

その子は笑って、じゃあ調べてみよっか、と言ってノートを開く。


その笑顔は、なんだか春の日差しみたいだった。

ほんの少し、心が緩んだ気がした。


新しいクラス、新しい空気。

少しずつ日常が始まっていく中で、

教室の真ん中のその人だけが、

どうしても、特別だった。


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