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楽団の天幕を後にして家路に着く。


年配の女性の名前はユーシリアというそうだ。

明日はユーシリアさんが色々教えてくれるというので朝から自分の荷物を持って会いに行く予定だ。

持ち出していい荷物をまとめる予定だが、私に持ち出していい荷物なんてあるだろうか。



あたりはすっかり暗くなり祭りも終盤だろう、家路に着く人たちとすれ違いながら比較的町の中心にある家に向かって歩く。


家の前に立った瞬間、足が止まった。


ノックなんて必要ない。

ここは私が育った家だ。

きしむ床板の音も、窓を開ける時のコツも、全部知っている。


……それでも。


ただいま、その一言が、喉の奥で引っかかって出てこなかった。

今日まで、何百回も言ってきた言葉なのに。


私は家の扉を見つめる。

なにも変わっていない。いつもの扉だ。

変わったのは、私のほう。


実の両親ではなかった。

与えられた名前も違うものだった。

役にたつべき時が来たのに役に立てず、そればかりか町を出ると決めた。


この家に入る資格が薄れてしまった気がする。

たった数時間前にこの扉を開けた時には今日のこと、先のこと、未来のことで希望が膨らんでいたのに…

何もなかった顔で帰れるほど、私は、強くない。


扉に手をかけて、悩んでしまった。


しばらくそのまま立ち尽くしてから、ようやく鍵を開ける。


扉が、いつもの音を立てて開く。


「……」


声は出なかった。

ただ静かに家の中に足を踏み入れた。





「戻ったのね」




扉を開けた先にいたのはバーバラさんだった。

私を見て小さな声でつぶやく。

どうやら露天で色々と買い物をしたらしくいつもはみんなで食事をとっている大きな長机の上に服やアクセサリーがたくさん置いてある。

妹のものだろう。



「あの人から聞いたわ。名前の登録はできなかったこと。それから……町を出るんだって?」

バーバラさんは視線をおとし机の上の服を畳みながら話す。



机の上に並ぶ服の中で、ひときわ目を引くワンピースがあった。

明るい桃色をしていて、柔らかそうで、暑い季節に似合う服。

バーバラさんが選んだのだろう、妹に似合う色。


私は、服を選んでもらった記憶が少ない。


……当たり前だ。


妹は、バーバラさんの実の娘だ。

私は、養われていただけの子。

だんだん理解が追いついてきて、頭では全部わかっているつもりだ。



それなのに——


ワンピースを畳むバーバラさんの手元から、目を逸らせなかった。



「……うん。明後日までに支度を終えて、町をでます」



「そう。明後日ね」

顔を上げて私をみる。

「手続きとかあるわよね、サインが必要なら言ってちょうだい」



引き止められるとは、思っていなかった。

恩を返さず町を出ることについて何か言われるだろうと思っていたから、あまりに普通で拍子抜けしてしまった。

そんな気持ちが伝わったのだろう。


「文句、言われると思った?」


ふっと自嘲気味に笑う。

今までにこんなに力を抜いた表情のバーバラさんを見たことはなかった。



そうね…バーバラさんはゆっくり目を閉じてからため息をついた。




「昔話、しましょうか」


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