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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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なかなか寝付けずに迎えた朝は体が少し重い。

今日からまた移動だというのに。

心と体がばらばらで体を起こすも一苦労だ。


部屋を見渡す。

リュミとアナスタシアさんはまだ眠っている。

ユーシリアさんは今朝も既にいない。


まだ外はほんのり暗さが残っている。

でも目も覚めたし、このまま起きて体を少し動かすことにしよう。


廊下に出る。

ひんやりとした朝の冷たい空気に、少し目が覚める。

静かに階段を降りた。

1階ではユーシリアさんとブラムさんが地図を見ながら話をしているのが見える。

今日の旅についての相談だろう。


「あら、おはよう」


ふとユーシリアさんが顔を上げ、私に気づいた。


「おはようございます、お2人とも早いですね」


そっと2人のそばに行くとブラムさんが地図をたたみながら、欠伸を1つこぼす。


「…旅程は確認しすぎるくらいで丁度いい」


目の縁が赤い。

昨日あれだけお酒を呑んでいたし、まだ眠いのだろう。

それでも既に今日を始めている。


私も仕事だ、馬たちの様子を見に行こう。


ユーシリアさんに、エルドさんがいるはずだから手伝ってあげて、と言われて2人と別れる。



厩舎の中は静かだった。

藁を踏む音と、馬の息遣いだけが聞こえる。


「おはよう、コレットを頼む」


また今朝も振り向きはせず、一言だけ言葉が降ってきた。



「おはようございます、わかりました」


コレットが、私が近づくより先に尻尾を振りながら近づいてくる。

そして鼻先を寄せてきて、撫でてと鼻息荒く催促してきた。

温かくて、少し湿った感触。

今日もご機嫌で、体調も良さそうだ。


エルドさんはロッテの蹄の確認をしている。



しばらく、2人とも何も言わなかった。

ブラッシングをして毛並みを整えながら、この町で起こったこと、起こらなかったことを、考える。



「眠れたか」


ふいに聞かれて、一瞬聞き逃しそうになる。


「少しは」


そのせいで素直に答えてしまい、心の中で後悔する。

旅の楽団の一員、ましてや新入りなのに寝不足だなんて良くない。

思わず言い訳のように私はぽつりとこぼした。



「……次の町でも、悩みが増えそうです」



エルドさんは手を止めない。

次は桶の水を替えるようだ、動きながら静かに言う。


「今ある事実はなんだ?」


私は少し言葉に詰まる。

そんな私を気にすることもなく、エルドさんが淡々と続けた。



「名前の候補は2つから絞れず」

「ローブの人物の手がかりはない」


そこまで言ってから、振り向いた。



「仲間ができた」

「同じ舞台を作った」

「町の人間が、それを喜んだ」


少し間が空く。


「事実はそれだけだ」


手が止まった私に気づき、コレットが鼻先を押しつけてきた。



「見えない不安ばかり追うのは感心しない」


エルドさんが言う。


「まず手の中にあるものを見なさい」


コレットが焦れたようにもう一度鼻先を押しつけてくる。

その勢いに私は思わず笑ってしまう。

額を撫でると、満足そうに鼻を鳴らした。


手のひらに残る温もり。


見えない不安ばかり気にして、心の中でそれをどんどん膨らませていたかもしれない。

見えない敵と戦っていてはいけない。


この町で増えたのは不安だけではない。

思い出も増えた。

それを忘れないようにしなくちゃ。


「ありがとうございます」


厩舎の外から朝の光が差し込み始めていた。



「そろそろ行こう」


少しして桶を元の位置に戻しながらエルドさんが言った。


「はい」


ちょうどブラッシングも餌と水の交換も、全て終えたところで声をかけてくれたようだ。

コレットの首を軽く叩いてから厩舎を出る。


宿の中に戻ると、酒場にはすでに全員が集まっていた。

焼いたパンの匂いと、温かいスープの湯気が漂っている。


「おぅ、おつかれ」


フェリクスさんが手を上げる。


皆のそばに座り簡単な朝食をとる。

パンをちぎり、スープをすすりながら、今日の段取りを確認していく。


「食ったら片付けだ」


団長が言う。


「今日の昼には町を出るからな」


その一言に、皆が静かにうなずいた。

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