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歓声に包まれたまま、しばらく誰も動けなかった。
やがて団長が軽く手を振り、舞台の終了を告げる。
それでも拍手はなかなか止まらなかった。
「うまくいったなぁ」
「舞銭が多すぎて舞台から少し落ちてる」
「やりきった」
皆それぞれ高揚した表情で会話するでもなく口にする。
皆、疲れているはずなのに、その表情は明るい。
あの素晴らしい演奏の余韻で私も気持ちの昂りがおさまらない。
しばらくして拍手が落ち着き、観客たちが帰り始めた。
それを確認してから私たちも片付け作業を開始する。
夜は、2日間と同じ、簡単な片付けだけをする。
大きな荷物はいつも通り今日のうちにまとめ、細かいものは明日の朝、明るくなってから確認するそうだ。
「忘れ物したら大変だからな」
フェリクスさんがそう言って肩をすくめながら楽器箱を閉める。
片付けが終わり、最後に舞台を振り返る。
さっきまで光と音で満ちていた場所は、もう静かな夜の広場に戻っていた。
荷車を押しながら宿へ戻る道すがら、何度も声をかけられた。
「さっき見たぞ!」
「すごかったわぁ」
「花びらの、とっても綺麗だった!」
子どもから大人まで、皆が笑顔で手を振って口々に感想や感嘆の言葉をかけてくれる。
直接感想を聞くと、なんだか胸がくすぐったくなる。
宿に到着して扉を開けた、その瞬間。
「おおっ!」
「帰ってきたぞ!」
酒場から歓声が上がった。
そして、割れんばかりの拍手が私たちを包み込む。
「見たぞ、あの光!」
「うちの娘が大騒ぎでな!」
テーブルの上には酒の空瓶が並び、料理の皿もいくつも空になっている。
どうやら、ずっとこの話で盛り上がっていたらしい。
団長が苦笑する。
「こりゃ帰るタイミング間違えたか」
笑い声が起きる。
宿の主人が大きなジョッキを掲げた。
「おつかれさん。今夜は祝いだ、演奏のお礼に呑んでくれ!」
歓声が上がる。
気づけば私の前にも、果実酒のグラスが置かれていた。
椅子が動き、ジョッキが鳴り、酒場はあっという間にお祭りのような賑わいになった。
舞台は終わったはずなのに、夜はまだまだ終わりそうにない。
皆とても楽しそうに町の人たちと混ざって話し、飲み、食べている。
今日の演奏の話。
明日からの旅の話。
この町の昔話。
酒場はいつまでも賑やかだった。
部屋に戻ったのは、夜がだいぶ深くなってからだった。
窓の外にあるのは静かな町の灯り。
さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
ユーシリアさん、リュミ、アナスタシアさんの3人は気持ちよさそうにもう眠っている。
寝息を聞きながら私はなかなか寝付けず、何度も寝返りを打っていた。
諦めて起き上がり、椅子に腰掛ける。
そして、そっと巾着から花びらを取り出した。
あの時拾ったものだ。
薄花色の花びら。
……の、はずなのに。
縁のあたりだけやっぱり少し色が沈んでいる。
気のせいだろうか、拾った時よりも更に色が暗くなった気がする。
私は指先でそっと触れる。
冷たい。
不思議な花びらだ。
「……なんだろう」
小さくつぶやく。
この花びらを見ていると何故か不安な気持ちが溢れてくる。
それでも気になって、見てしまう。
捨ててしまおうと思ったのに、捨てられない。
外で風が強く吹き、窓ガラスがガタガタと音を立てる。
その音に、意識が今に戻ってくる。
明日は荷物の確認をして、この町を出る。
また旅が始まる。次の町へ向かう旅。
ローブの人物はあの後、やはり現れなかった。
消えた蝶も、行き止まりの石畳も、何も答えを見つけられないまま。
明日この町を出れば、何故私の名前のことを聞いてきたのか…もう確かめる術もない。
指先で花びらの縁をなぞる。
冷たい。
また強い風が吹き、窓ガラスを揺らした。
窓の外の夜空を見上げる。
ふと、今日の光の川を思い出した。
あの光景は本当に綺麗だった。
胸の奥がほんのりあたたかくなる。
耳をすませる。
3人の規則正しい寝息が聞こえてくる。
その音に肩の力を抜き、私は花びらをそっと巾着に戻した。
明日からの旅に備えよう。
そう思って再び寝床に入り横になる。
でも胸の奥のざわめきは、なかなか静まらなかった。




