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花びらに気を取られて足が止まってしまっていたことに気が付き、慌てて壇上の皆のもとへと急ぐ。
いけない。
今日も流れを止めてしまうところだった。
私が慌てて走り舞台袖についた時、ちょうどユーシリアさんも合流したところだった。
「お客の賑わいがすごくてなかなか前に進めなかったわ」
ユーシリアさんが笑顔で観客の興奮、そして手応えを伝えた。
「さぁ行くぞ!呼ばれてる」
最後の曲が終わっても、拍手は鳴り止まない。
「もう一回!」
「アンコール!」
叫び声が重なり、波のように膨らんでいく。
人々から放たれる興奮の熱が肌にぶつかる。
2日間の舞台を経験して流れは理解した。
けれど、3日間のどの日も、すべてが違う。
同じ場所、同じ仲間、同じ楽器。
3日演奏するならば最終日は観客が減るのではないか、と実は思っていた。
それなのに。
今日がいちばん、人が多い。
この町は旅人や旅芸人のような余所者にも親切で寛容だ、と聞いていた。
それでも、こんなにも。
壇上に皆で上がる。
姿を見て歓声がさらに大きくなった。
団長が軽く手を上げる。
それだけで、今度は会場が静まる。
「もう一曲、いくか!」
返ってきたのは言葉ではなく、地鳴りのような歓声だった。
笛の音が響き、歓声がおさまる。
最初の一音で、空気が変わったのがわかる。
それを確認してから団長が歌い出す。
この曲はこの町で生まれたという“川霧の夢歌”だ。
一節歌ったあたりでフェリクスさんが客席へ身を乗り出すように言う。
「最後はみなさんも一緒に!!」
どよめきが歓声に変わった。
さっきまでとは違う。
観客がざわめくのではなく、静かに、一斉に息を吸う気配がした。
そして、歌声が上がった。
ひとりではない。
ふたりでもない。
気がつけば、あちこちから重なっていた。
年配の男性が目を細めながら口ずさんでいる。
若い女性が隣の友人と顔を見合わせて笑いながら歌っている。
子どもが親の口元を見て、同じように声を出そうとしている。
私は歌詞をまだしっかり覚えていない。
それでも。
私も分かるところだけでも口ずさんでみる。
町の仲間になれたような、心地よさ。
胸の奥が、じわりとあたたかくなる。
この人たちにとって、この曲はただの歌ではないのだと思った。
初日の準備をしていた時にも町の人から演奏するか聞かれた、この町の人々にとって、とても身近で大切な曲。
3日間演奏した曲。
それでもこれが最後だとわかっているからなのか、今までとは心に響く音が違う。
川があって、霧があって、この町で生きてきた時間が、全部この曲の中にある。
皆は、すべての歌声を丁寧に包むように演奏している。
合唱が最高潮に達した瞬間。
声が空気を震わせる。
ユーシリアさんがそれに、そっと魔力を重ねているのに気づいた。
何か私もお手伝いできるだろうか。
ユーシリアさんの魔法で、歌声の軌跡が淡い光となって夜空へとのぼっていく。
無数の細い光の糸が、空へと立ちのぼる。
やがてそれらはひとつに溶け合い、夜空に、淡い光の川を描いた。
光は空を流れるようにゆらゆらと美しく煌めく。
私は魔力でその川に色とりどりの光をとばす。
そして、星のように瞬かせてみる。
ユーシリアさんが微笑み、2人で笑い合う。
光の川に気づいた観客が歌いながら天を仰ぐ。
川にも、皆の瞳にも光が映りこみ、とても綺麗だ。
この町の記憶が、空に刻まれていく。
最後の音が消えると、光は星屑のように瞬き、雨のように優しく降り注ぐ。
一瞬の静寂。
そして——
歓声が、夜を震わせた。
拍手が重なり、足踏みが響き、笑い声が弾ける。
光の星は降り注いだが、光の川はまだ淡く空を流れている。
その下で、人々は顔を見合わせ、涙ぐみながら笑っている。
満ちている。
この夜は、満足で。
この場所は、充足で。
胸の奥まで、あたたかい。
私は仲間たちの姿を見る。
誰もが笑っている。
その笑顔を見て、実感する。
やり遂げた。
歓声と光に包まれながら、私は深く息を吸う。
この夜を忘れない。




