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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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34

リュミと2人で並び川沿いを歩く。

川辺は思ったよりも広い。

天気がいいからか散歩をしている人たちも多くいて、ゆっくりした柔らかい時間が流れている。


私たちは何も話さず歩いた。

石を踏む音だけが、こつ、こつ、と静かに響く。

水はゆるやかに静かに流れている。


いつも元気なリュミが静かで、なんだか不思議だ。


歩き続けていくと、大きな影が見えてきた。




「あれが、水車?」




木組みの輪が、ぎし、ぎし、と軋みながらゆっくりと回っている。




「本当に動いてる」



近づくと、その大きさに思わず息をのんだ。

水が板を叩き、重みで沈み、そしてまた持ち上がる。


止まらない。



「水汲みだけじゃなくて、水車は粉も挽くんだよ」


リュミが教えてくれる。


「パンに使われたりするの」


知らなかった。


大きな木の輪。

農地や家屋に水を汲み上げるために車輪をつかう、ということだけは知っていたけれど、それだけではなくて色々な役目があるのか。


水を受けて、それを力に変えて、誰かの暮らしを回している。


私はしばらく、その動きを見つめていた。



「ねえ」



隣でリュミが川面を覗き込みながら、ぽつりと言った。



「家族の話、少ししていい?」



突然の言葉に少し驚いてリュミの顔を伺う。

その横顔はどこか寂しい表情をしていて、いつもと少し違う。



「うん、聞かせて」


「…うちは4人家族だったの」


風が一瞬、弱まる。


「母さんと、父さんと、妹と、あたし」



私は黙って聞いている。

水車が、ぎし、と回り、水音が響く。


「母さんと妹は歌が好きでよく歌って、父さんは太鼓を、あたしは踊りを。本当に賑やかな家族だったの」


——あの日までは。



「あたしが成人した年に村で流行り病が流行って。あっという間に広がった。みんな倒れていった。友だちも、先生も…母さんも妹も」




淡々と話をしているように聞こえるけれど、表情は見えない。



「病が落ち着いてから、生き残った人で死んでしまった人たちの……亡骸を焼いたの」



病を外に出さないように、繰り返さないようにって。

その声は震えていた。



指先が白い。手を強く握っているのが見える。



「2人が世界から消えて、父さんは酒に溺れて。いつも呑んでた。ずっと、自分ももうどこにもいないみたいな顔してて」



水車が、水を受けて沈む。

また、持ち上がる。



「そんな父さんを見てられなくて…見ていたくなくて村を飛び出したの。で、色々あって団長に拾われてこの楽団で旅してる」



足元の石を蹴る。



「この楽団は私の2つ目の故郷なんだ」



くるりと振り返り、笑う。

けれどその笑いは薄くて儚い。


私は、水車を見る。

回っている。

止まらない。

お母さんのこと、妹さんのこと、お父さんのこと、なにか言葉をかけようと思って探すけれど、うまく言葉が出てこない。




「突然こんな話したのはさ」


リュミが少し照れたように笑う。


「なんか、この水車見てたら思い出しちゃって。うちの村のこと。うちの村にも大きな水車があったんだよ」



何か、言いたい、伝えたい。

思いは込み上げてくるのに言葉にならず、ただじっとリュミを見つめるしかない。




あのさ、とリュミが声を明るくする。


「さっきのお兄さん(・・・・)さ」


リュミが川面を見たまま言う。


「ああいう人、きっと1人じゃないよ」


私は首を傾げる。



「前に、町で腫れ物みたいだった、浮いてたって言ってたじゃない?でもきっと気にかけてた人いたと思う。声かける勇気がなかっただけかもよ」


水車が、ぎし、ぎし、と鳴る。


「……それにさ」


目をまっすぐ向ける。


「今はあたしたちがいる。リネにとっても楽団が2つめの故郷になるんだよ」


胸の奥がじんわりと熱をもつ。


強い眼差しで見つめられて目を逸らせない。

さっきまでの儚さがかき消えていつものリュミに戻っていた。



「——ありがとう」


声は思ったより静かで、でも、ちゃんと届いた気がした。


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