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リュミと2人で並び川沿いを歩く。
川辺は思ったよりも広い。
天気がいいからか散歩をしている人たちも多くいて、ゆっくりした柔らかい時間が流れている。
私たちは何も話さず歩いた。
石を踏む音だけが、こつ、こつ、と静かに響く。
水はゆるやかに静かに流れている。
いつも元気なリュミが静かで、なんだか不思議だ。
歩き続けていくと、大きな影が見えてきた。
「あれが、水車?」
木組みの輪が、ぎし、ぎし、と軋みながらゆっくりと回っている。
「本当に動いてる」
近づくと、その大きさに思わず息をのんだ。
水が板を叩き、重みで沈み、そしてまた持ち上がる。
止まらない。
「水汲みだけじゃなくて、水車は粉も挽くんだよ」
リュミが教えてくれる。
「パンに使われたりするの」
知らなかった。
大きな木の輪。
農地や家屋に水を汲み上げるために車輪をつかう、ということだけは知っていたけれど、それだけではなくて色々な役目があるのか。
水を受けて、それを力に変えて、誰かの暮らしを回している。
私はしばらく、その動きを見つめていた。
「ねえ」
隣でリュミが川面を覗き込みながら、ぽつりと言った。
「家族の話、少ししていい?」
突然の言葉に少し驚いてリュミの顔を伺う。
その横顔はどこか寂しい表情をしていて、いつもと少し違う。
「うん、聞かせて」
「…うちは4人家族だったの」
風が一瞬、弱まる。
「母さんと、父さんと、妹と、あたし」
私は黙って聞いている。
水車が、ぎし、と回り、水音が響く。
「母さんと妹は歌が好きでよく歌って、父さんは太鼓を、あたしは踊りを。本当に賑やかな家族だったの」
——あの日までは。
「あたしが成人した年に村で流行り病が流行って。あっという間に広がった。みんな倒れていった。友だちも、先生も…母さんも妹も」
淡々と話をしているように聞こえるけれど、表情は見えない。
「病が落ち着いてから、生き残った人で死んでしまった人たちの……亡骸を焼いたの」
病を外に出さないように、繰り返さないようにって。
その声は震えていた。
指先が白い。手を強く握っているのが見える。
「2人が世界から消えて、父さんは酒に溺れて。いつも呑んでた。ずっと、自分ももうどこにもいないみたいな顔してて」
水車が、水を受けて沈む。
また、持ち上がる。
「そんな父さんを見てられなくて…見ていたくなくて村を飛び出したの。で、色々あって団長に拾われてこの楽団で旅してる」
足元の石を蹴る。
「この楽団は私の2つ目の故郷なんだ」
くるりと振り返り、笑う。
けれどその笑いは薄くて儚い。
私は、水車を見る。
回っている。
止まらない。
お母さんのこと、妹さんのこと、お父さんのこと、なにか言葉をかけようと思って探すけれど、うまく言葉が出てこない。
「突然こんな話したのはさ」
リュミが少し照れたように笑う。
「なんか、この水車見てたら思い出しちゃって。うちの村のこと。うちの村にも大きな水車があったんだよ」
何か、言いたい、伝えたい。
思いは込み上げてくるのに言葉にならず、ただじっとリュミを見つめるしかない。
あのさ、とリュミが声を明るくする。
「さっきのお兄さんさ」
リュミが川面を見たまま言う。
「ああいう人、きっと1人じゃないよ」
私は首を傾げる。
「前に、町で腫れ物みたいだった、浮いてたって言ってたじゃない?でもきっと気にかけてた人いたと思う。声かける勇気がなかっただけかもよ」
水車が、ぎし、ぎし、と鳴る。
「……それにさ」
目をまっすぐ向ける。
「今はあたしたちがいる。リネにとっても楽団が2つめの故郷になるんだよ」
胸の奥がじんわりと熱をもつ。
強い眼差しで見つめられて目を逸らせない。
さっきまでの儚さがかき消えていつものリュミに戻っていた。
「——ありがとう」
声は思ったより静かで、でも、ちゃんと届いた気がした。




