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店主に楽団の皆の楽器について教わっていると、ユーシリアさんが目当ての品を見つけ、こちらへ戻ってきた。
「うちの新人なんです。いろいろお話しいただいて、きっと勉強になったはずです。ありがとうございます。こちらをいただけますか?」
穏やかさは変わらない。
けれど、いつもよりわずかに言葉が整っている。
そして声の端に、楽団を代表する者の落ち着きがあった。
個人ではなく、楽団として動く声。
——ああ、私はこの人の仲間なんだ。
そう思うと自然と背筋が伸びた。
私もまた、楽団の一員として町に見られている。
改めて意識しなくては。
買い物を終えて店を出た瞬間、目の前にリュミが飛び込んできた。
「リネ、いたー!良かった!……あ、なぁんだ、ユーシリアさんと一緒か」
姿勢を正したばかりだったから、なおさらその勢いに面食らう。
「落ち着きなさい。往来ですよ」
ユーシリアさんが、力の抜けた声でたしなめる。
「ごめんなさい。起きたらリネがいないから、心配になって探しまわってたもんだから、つい……」
さっきまでの勢いが嘘のようにしぼみ、眉を下げて肩を落とす。
あまりに素直な落差に、思わずユーシリアさんと顔を見合わせた。
そして同時に、笑ってしまう。
感情の振れ幅が大きすぎる。
勢いも反省も全力で言葉や身体に現れる様子は、どこか子犬のよう。
年上の先輩だから、さすがに口には出せないけれど。
よほど心配してくれたのだろう。
胸の奥が、少しくすぐったい。
「心配してくれて、ありがとう」
感謝を伝えると、うん、と元気に頷いて落ち込みが晴れていく。
こんなにわかりやすくて騙されたりしないだろうか。
リュミの素直な心こそ、皆で守らなくてはならない気がしてくる。
「あぁー、ほっとしたらお腹減っちゃった」
そして自由だ。
切り替えが早すぎる。
ユーシリアさんはそんなリュミにも慣れた様子だ。
「はいはい。あちらに屋台が出ていますよ」
自然に進路を取る。
人の流れに沿って歩き出した、そのとき。
「3番」
数日ぶりに呼ばれるその名前に、そして聞き慣れたその声に、驚いて振り返る。
赤茶の髪。見上げる視線。
「に、兄さん……?」
リュミは警戒した眼差しで兄さんを見ながら、踊るように私の半歩前に出る。
ユーシリアさんは私の肩を抱き寄せる。
バルトロ…兄さんが何故ここに?
旅商人だ。町で顔を合わせることもあるだろう。
——けれど、この人混みで、今この瞬間に会うとは。
兄さんは腕を組んで、こちらを見下ろしていた。
「楽団にいると聞いた」
視線が横に流れる。
ユーシリアさんとリュミを値踏みするように見て、鼻を鳴らす。
「……ちゃんと食ってるか」
第一声がそれか。
思わず眉を寄せる。
「食べてます」
「ほんとか?おまえはすぐ遠慮するからな」
そんなことない、いつまで子どもだと思っているのか。
余計なお世話だ、と喉まで出かかるが飲み込む。
兄さんは少しだけ声を落とす。
「旅に出たって聞いてな。予定より早くカンシーラを出たんだ。間に合ってよかった、顔も見せずに行くなんて悲しいじゃないか」
言い方はいつもの調子なのに、その声は労りが強い。
表情にいつもの豪快さがなくて、なんだか不思議な気持ちになる。
「大丈夫なのか」
これは今までも兄さんと何度もしてきたやりとり。
黒い巾着に触れる癖が出そうになって、指を止める。
「……大丈夫です」
兄さんはじっとこちらを見る。
見透かすように。昔からそうだ。
「辛いなら——」
「大丈夫です」
即答する。
少しでも悩むそぶりをみせるとお節介が悪化する。
兄さんの口元が緩み、眉間の皺が消えた。
そして豪快に笑う。
いつもの兄さんに戻ってほっとする。
「あとで泣きついてきても拾ってやらんぞ」
「頼みません」
「……そうか」
小さく息を吐く。
「じゃあ、ちゃんとやれ。見てるからな」
祭りの日と同じ言葉。
それからユーシリアさんとリュミに視線を動かし、深くお辞儀をする。
顔をあげ、背を向けかけて、ふと思い出したように振り返る。
「その顔は、前よりましだ」
それだけ言って大きく手を振り、今度こそ人波に紛れていった。
しばらく誰も言葉を発さなかった。




