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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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32

店主に楽団の皆の楽器について教わっていると、ユーシリアさんが目当ての品を見つけ、こちらへ戻ってきた。


「うちの新人なんです。いろいろお話しいただいて、きっと勉強になったはずです。ありがとうございます。こちらをいただけますか?」


穏やかさは変わらない。

けれど、いつもよりわずかに言葉が整っている。

そして声の端に、楽団を代表する者の落ち着きがあった。




個人ではなく、楽団として動く声。




——ああ、私はこの人の仲間なんだ。

そう思うと自然と背筋が伸びた。

私もまた、楽団の一員として町に見られている。

改めて意識しなくては。




買い物を終えて店を出た瞬間、目の前にリュミが飛び込んできた。



「リネ、いたー!良かった!……あ、なぁんだ、ユーシリアさんと一緒か」



姿勢を正したばかりだったから、なおさらその勢いに面食らう。



「落ち着きなさい。往来ですよ」



ユーシリアさんが、力の抜けた声でたしなめる。



「ごめんなさい。起きたらリネがいないから、心配になって探しまわってたもんだから、つい……」



さっきまでの勢いが嘘のようにしぼみ、眉を下げて肩を落とす。


あまりに素直な落差に、思わずユーシリアさんと顔を見合わせた。

そして同時に、笑ってしまう。



感情の振れ幅が大きすぎる。

勢いも反省も全力で言葉や身体に現れる様子は、どこか子犬のよう。

年上の先輩だから、さすがに口には出せないけれど。


よほど心配してくれたのだろう。

胸の奥が、少しくすぐったい。



「心配してくれて、ありがとう」


感謝を伝えると、うん、と元気に頷いて落ち込みが晴れていく。

こんなにわかりやすくて騙されたりしないだろうか。

リュミの素直な心こそ、皆で守らなくてはならない気がしてくる。


「あぁー、ほっとしたらお腹減っちゃった」


そして自由だ。

切り替えが早すぎる。


ユーシリアさんはそんなリュミにも慣れた様子だ。


「はいはい。あちらに屋台が出ていますよ」


自然に進路を取る。

人の流れに沿って歩き出した、そのとき。




3番(トレセーラ)




数日ぶりに呼ばれるその名前に、そして聞き慣れたその声に、驚いて振り返る。




赤茶の髪。見上げる視線。



「に、兄さん……?」



リュミは警戒した眼差しで兄さんを見ながら、踊るように私の半歩前に出る。

ユーシリアさんは私の肩を抱き寄せる。


バルトロ…兄さんが何故ここに?

旅商人だ。町で顔を合わせることもあるだろう。

——けれど、この人混みで、今この瞬間に会うとは。



兄さんは腕を組んで、こちらを見下ろしていた。



「楽団にいると聞いた」



視線が横に流れる。

ユーシリアさんとリュミを値踏みするように見て、鼻を鳴らす。



「……ちゃんと食ってるか」


第一声がそれか。

思わず眉を寄せる。



「食べてます」

「ほんとか?おまえはすぐ遠慮するからな」



そんなことない、いつまで子どもだと思っているのか。

余計なお世話だ、と喉まで出かかるが飲み込む。


兄さんは少しだけ声を落とす。



「旅に出たって聞いてな。予定より早くカンシーラを出たんだ。間に合ってよかった、顔も見せずに行くなんて悲しいじゃないか」



言い方はいつもの調子なのに、その声は労りが強い。

表情にいつもの豪快さがなくて、なんだか不思議な気持ちになる。



「大丈夫なのか」



これは今までも兄さんと何度もしてきたやりとり。

黒い巾着に触れる癖が出そうになって、指を止める。



「……大丈夫です」



兄さんはじっとこちらを見る。

見透かすように。昔からそうだ。



「辛いなら——」

「大丈夫です」



即答する。

少しでも悩むそぶりをみせるとお節介が悪化する。

兄さんの口元が緩み、眉間の皺が消えた。

そして豪快に笑う。

いつもの兄さんに戻ってほっとする。



「あとで泣きついてきても拾ってやらんぞ」


「頼みません」


「……そうか」


小さく息を吐く。


「じゃあ、ちゃんとやれ。見てるからな」



祭りの日と同じ言葉。


それからユーシリアさんとリュミに視線を動かし、深くお辞儀をする。

顔をあげ、背を向けかけて、ふと思い出したように振り返る。



「その顔は、前よりましだ」




それだけ言って大きく手を振り、今度こそ人波に紛れていった。

しばらく誰も言葉を発さなかった。

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