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たわいもない話をしながら朝食をとり、それぞれの1日がはじまる。
外から蹄の音が遠ざかっていくのが聞こえてくる。
アナスタシアさんは町で服を見たいと外出し、ブラムさんは団長を起こしに部屋に戻っていった。
私は朝食を終えても、特にすることがない。
カップの縁を指でなぞりながら、窓の外をぼんやり眺める。
自由時間、何をしよう。
時間ができてしまって、また波のように不安な気持ちが押し寄せてくる。
その時だった。
ユーシリアさんが宿の扉を開けて中に入ってきた。
「おはよう」
「おはようございます」
大きな紙袋を抱えるようにして持っている。
朝早くから、一体何を買ってきたのだろう。
気になって紙袋から目が離せない。
そんな私をみてユーシリアさんは、笑って言った。
「これはあとでね。譜面紙を買い足しておきたいのよ。この荷物を部屋に置いてくるから、このあと買い物に付き合ってくれる?」
やることが出来てほっとする。
「はい」
ユーシリアさんが2階に向かうのを見送りながら、カップの中のお茶を飲みきった。
さっきまで胸の奥を揺らしていた波が、いつの間にか静まっている。
単純だ、と自分でも思う。
自由時間の過ごし方が分からなくて窮屈になるとは。
食器を片付け、支払いを済ませたところで、階段を下りてくる足音が聞こえてきた。
その音に背中を押されるように、私は背筋を伸ばした。
「お待たせ。行きましょうか」
「はい」
並んで宿の扉を抜ける。
昨日より朝の光が強く、石畳が白く光って眩しい。
暑い1日になりそうだ。
ユーシリアさんの歩調はゆったりとしていて、自然と私も肩の力が抜けていく。
石畳の上を、2人で歩く。
「昨夜はよく眠れた?」
「思ったより、眠れました」
「それならよかった」
それだけ言って、また前を向く。
無言の時間が続くのに、緊張しないで並んで歩けるのはユーシリアさんだからだろう。
店が並ぶ通りに着くと、足を止めた。
「あそこね」
店先に楽器が並び、店主が入り口の椅子に座っている。
弦楽器、金具の多い楽器、初めて見る形で一体どう鳴るのか想像もつかない楽器、様々なものが並んでいる。
こういった楽器屋の奥まった場所に、楽譜や紙類を扱う小さな区画があるそうだ。
「町特有の楽器もあるから面白いのよ」
これなんて私も初めて見たわ、そういって楽しそうに笑う。
「リネも色々見てごらん」
そう促してから、ユーシリアさんは狭い店内の奥へと進んでいった。
店主が私を見て話しかけてくる。
「楽団の子だね、昨日舞台で見たよ」
「はい、そうです」
少し驚きながら答えると、店主は頷いて顎で店内を示した。
「ゆっくり見ていきな。珍しいものも置いてあるから」
「ありがとうございます」
促されるまま私も店の中に足を踏み入れる。
お店の中には所狭しと楽器が並んでいた。
微かに木や金属の匂いがする。
弦楽器にも色々な種類があるようで、壁にいくつも掛かっている。
光の加減で木目がそれぞれ違う色に見えるし、弦の数も様々だ。
初めて見る形の楽器の前で足が止まる。
涙の雫のような形に、弦が3本。
どんな音がするのだろう。
手を伸ばし——触っていいものか分からなくて引っ込める。
「それはね」
店主がいつの間にか後ろに来ていた。
「この町生まれの古い楽器さ。今はもう作れる職人が少なくなってしまってね」
店主は慣れた手つきで楽器を手に取り、弦を一本だけ軽く弾いた。
予想よりずっと低く、柔らかな音が鳴る。
胸のあたりにじんわりと静かに響きゆっくりと消えていく。
「どうだい、いい音だろう」
「はい」
この町で愛されてきた、この町の楽器。
とてもいい音だ。
「弾いてみるかい?」
「いいんですか」
「楽器はね、弾いてもらってなんぼだよ」
店主はにこやかに楽器を差し出してくれた。
受け取ると、思ったより軽かった。
どう構えるのが正しいのか分からず、落とさないよう気をつけながら、そっと角度を探る。
恐る恐る、弦をひとつ弾いた。
小さな音が鳴る。
さきほどより控えめだが、同じように低く、柔らかな響きだった。
胸の奥に、静かに触れてくる。
「……優しい音ですね」
そう言うと、店主は目を細めた。
楽器を丁寧に返す。
指先には、まだわずかな余韻が残っている気がした。
小さくても、支える音がある。
そのことが、少しだけ心強かった。




