30
老人探しの相談をした後、今日は解散となった。
明日の午前中も自由時間で午後から練習だ。
部屋に戻り、身体を清め寝支度を整えて灯りを落とす。
外は静かで、窓の向こうに月が滲んでいた。
頭の中で今日の朝からの出来事が思い出されていく。
疲労を感じるのにまだ眠れそうにない。
リュミが寝台に腰を下ろし、足をぶらぶらさせながら言う。
「……来るのかな」
「…来ると、思う」
そう力なく答えるとユーシリアさんが静かに頷いた。
「危害を加えてくるような雰囲気ではなかったのよね?」
あの強い眼差しを思い出し、少しだけ指先が冷える。
でも、わたしを害そうという雰囲気はなかった。
「はい」
アナスタシアさんがふいに、魔力で光の蝶々を出した。
「明日は話しかけてこないかもしれない。でも、見つけたら…」
蝶がふわりと部屋を飛び、ゆっくりと降りてきて私の指先にとまる。
柔らかな光。
生き物ではないはずなのに、その光は暖かな熱を帯びている気がした。
「この子でそっと合図するわ」
光の蝶が指先から離れ、私の頭上を旋回する。
「蝶の色は、深い蒼にするわ。光も目立ちすぎない程度に」
「ええ、そうね、一匹だけ」
アナスタシアさんとユーシリアさんが頷きあう。
静かな部屋。
不安を抱えている私。
でも——
「大丈夫よ」
アナスタシアさんが言う。
「見つけるわ」
その力強い言葉と視線に、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「さぁ、横になって。目を閉じて身体を休めなさい」
まるで母親のような台詞を言いながらユーシリアさんがウインクする。
「明日の最終日、お楽しみもあるわ」
え、なに何?とリュミが乗り出したが、ほらほらと促されて寝台に押し戻される。
私も横になり天井を眺めた。
また会えたら何か聞けるだろうか——
それ以上考える前に、意識はゆっくりと沈んでいった。
次に目を開けた時、まだ部屋は薄暗かった。
階下の音で目が覚めたようだ。
気付けば眠っていたらしい。
身体を起こして部屋を見渡すと、ユーシリアさんはもう既にいなかった。
2人を起こさないように気をつけながら身支度を整えて部屋を出る。
廊下に出ると、冷えた空気が頬を撫でた。
まだ宿は半分眠っている。
1階では朝食の支度だろうか、食材を刻む音がかすかに聞こえてくる。
スープだろうか、温かな湯気の香りもしている。
遠くで扉の開く音と、外の砂利を踏む足音が聞こえる。
ミルダールでの演奏、最終日。
3日目の今日演奏したら、明日の昼にはこの町を出る予定だ。
止まるとまた頭の中で色々と考えてばかりになってしまいそう。
体を動かさなくちゃ。
まずは厩舎に行って馬たちの様子を見ることにした。
宿の外に出て厩舎の中に入ると、先客がいた。
エルドさんが灰色の馬をブラッシングしている。
「おはようございます」
「おはよう、コレットを頼む」
茶色の馬が歩み寄ってきて鼻先を私の手元に近づけてくる。
「わかりました。コレット、おはよう」
ゴム製のブラシでゆっくり大きく円を描くようにブラッシングしていく。
気持ちよさそうに首を伸ばし、まつ毛が下がる。
満足してもらえているようだ。
「昼まで少し馬を走らせてくる」
そう言いながら振り向いたエルドさんが私の顔を見てわずかに眉を顰めた。
「君は食事をしっかりとりなさい」
そう言われて反省する。
確かにあまり食欲が出ず、昨晩もほとんど食べられなかった。
最後にしっかり食べたのはフェリクスさんがご馳走してくれた、あの朝食だったかもしれない。
「…はい」
ブラッシングを終え、朝食を頼むため宿に戻る。
カウンターではアナスタシアさんとブラムさんが朝食をとっていた。
「おはようございます」
2人に挨拶をする。
「リネも朝ごはん?」
アナスタシアさんがそう言って、パンをひとつ差し出す。
湯気の立つスープの匂い。
ようやく空腹を思い出してきた。
「ええ、少しだけ」
椅子に腰かけてパンを受け取った。
温かい。
胸の奥のざわめきが、ほんの少しだけ静まる。
最終日。
やれるだけのことをやろう。




