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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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29

「流れを止めてしまったこと、すみませんでした」



まずはそれを言わなければならなかった。


しん、と静かになる。

誰も笑わないし、誰も慌てて「気にしなくていい」とも言わない。


受け止めてもらっている。

仲間として。



「何があったか、話せるか」


団長が、静かに聞いた。


「はい」



深く息を吸う。

あの老人のことをゆっくりと思い出し、言葉にする。



観客の中にいた老人。

目があった瞬間、あまりに強い視線に囚われて言葉が出なくなった。

さらに“名前はまだ(・・)わからないのか”と言われて戸惑ってしまった。

まるで、私が名前を探していることを知っているようだった。

誰なのか、何者なのか、私や両親を知っているのか、色々と聞きたいことは溢れたのに言葉にできず——老人は去っていった。


できるだけ正確に話したが、話しているうちに感情が揺れてしまった。

上手く説明できなかったかもしれない。


セヴランさんが顎に手を当てて考え込む。



「見た目に特徴は?」



ブラムさんにそう聞かれる。


「年配の男性で、豪華な装飾の施された杖を持っていました。濃紺のローブを着ていたので……魔術師かな、と思いました」


「素性を隠すためにもローブは使う。なんともいえないな」


ブラムさんも腕を組み考え込んでしまう。



「……昼に名前を調べに行ったのだろう?」



エルドさんにそう聞かれて、胸が少しだけ強く鳴る。



「はい。古い名簿を見せてもらいました」


皆が黙って頷く。


「可能性のある名前が、2つありました」


「2つ?」


セヴランさんが顔を上げる。


「でも……どちらも、決め手がありません。2つとも登録の後で記録が途切れているそうです。それ以降の足取りが、まったく残っていないと」


自分でも歯切れが悪いと分かる。


「ですので、どちらも違うかもしれないです」


沈黙が落ちる。

リュミが、そっと私の手を包む。

フェリクスさんの手が、静かに肩に触れた。

2人の優しさに目の奥が熱くなる。



さっき老人に言われた言葉が、また胸の奥で響く。

——いつか、わかるだろう。



いつか、とはいつなのか。




「……リネ」


団長がゆっくりと口を開いた。


「この調子でどんどん調べていけ」



顔を上げると、団長は腕を組んだまま、真っ直ぐこちらを見ていた。



「でも、結果は……」

「結果、わからなかった、それはそうだ」



団長はあっさりと認める。



「お前なぁ」


呆れたように息を吐く。


「1つ目の町で候補が2つだぞ?幸先良すぎて怖ぇくらいだ」


そう言い切られる。


「これから先、10も20も出るかもしれねぇ。そのたびに顔色変えてたら、旅の前に倒れるぞ」


ニヤリと笑う。


「名前探しは長期戦だな。名前は増える。迷いも増える。だが“増える”ってことは、近づいてるってことだ」


良かった良かった、と言われてなんだか力が抜けてしまう。

そっか。

強張っていた体の力が抜ける。

それが伝わったのか、リュミとフェリクスさんも、ふっと息を吐いた。

心配かけてごめんなさい、ありがとう。



「舞台で止まったのは反省しろ。明日はしっかりやれ」



団長のその声は、叱責でも慰めでもなかった。

ただ、事実として。



「……はい」

「ひとつ聞かせてくれ」



団長は少し前のめりになっていう。


「その老人、明日また来ると思うか?お前の勘でいい」


考える。

あの目を思い出す。

去り際のあの背中を。


「……来ると思います」

「だろうな、俺もそう思う」



団長が皆を見回した。



「というわけで、明日は1つ頼みたいことがある」

「濃紺のローブの老人、見かけたら教えあう、そうよね?」



静かに聞いていたアナスタシアさんが先に言い切って、団長が苦笑する。


「わかってるじゃないか」

「当然でしょ」



さらりと言って、アナスタシアさんは私を横目で見た。



「客席は俺たちが、舞台下から見える位置はリネが、後方はユーシリアが確認だな」


セヴランさんが静かに整理するように言う。


「それぞれ気にかけておきましょう。公演に支障が出ない範囲で」

「今日みたいに話しかけてくるなら、こっちから声をかけられるかもしれないし」


フェリクスさんがそう付け加えた。


「リネ、見つけたら知らせる。だから舞台に集中しろ」


セヴランさんの言葉は短かったけれど、心強かった。

1人じゃない。


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