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「流れを止めてしまったこと、すみませんでした」
まずはそれを言わなければならなかった。
しん、と静かになる。
誰も笑わないし、誰も慌てて「気にしなくていい」とも言わない。
受け止めてもらっている。
仲間として。
「何があったか、話せるか」
団長が、静かに聞いた。
「はい」
深く息を吸う。
あの老人のことをゆっくりと思い出し、言葉にする。
観客の中にいた老人。
目があった瞬間、あまりに強い視線に囚われて言葉が出なくなった。
さらに“名前はまだわからないのか”と言われて戸惑ってしまった。
まるで、私が名前を探していることを知っているようだった。
誰なのか、何者なのか、私や両親を知っているのか、色々と聞きたいことは溢れたのに言葉にできず——老人は去っていった。
できるだけ正確に話したが、話しているうちに感情が揺れてしまった。
上手く説明できなかったかもしれない。
セヴランさんが顎に手を当てて考え込む。
「見た目に特徴は?」
ブラムさんにそう聞かれる。
「年配の男性で、豪華な装飾の施された杖を持っていました。濃紺のローブを着ていたので……魔術師かな、と思いました」
「素性を隠すためにもローブは使う。なんともいえないな」
ブラムさんも腕を組み考え込んでしまう。
「……昼に名前を調べに行ったのだろう?」
エルドさんにそう聞かれて、胸が少しだけ強く鳴る。
「はい。古い名簿を見せてもらいました」
皆が黙って頷く。
「可能性のある名前が、2つありました」
「2つ?」
セヴランさんが顔を上げる。
「でも……どちらも、決め手がありません。2つとも登録の後で記録が途切れているそうです。それ以降の足取りが、まったく残っていないと」
自分でも歯切れが悪いと分かる。
「ですので、どちらも違うかもしれないです」
沈黙が落ちる。
リュミが、そっと私の手を包む。
フェリクスさんの手が、静かに肩に触れた。
2人の優しさに目の奥が熱くなる。
さっき老人に言われた言葉が、また胸の奥で響く。
——いつか、わかるだろう。
いつか、とはいつなのか。
「……リネ」
団長がゆっくりと口を開いた。
「この調子でどんどん調べていけ」
顔を上げると、団長は腕を組んだまま、真っ直ぐこちらを見ていた。
「でも、結果は……」
「結果、わからなかった、それはそうだ」
団長はあっさりと認める。
「お前なぁ」
呆れたように息を吐く。
「1つ目の町で候補が2つだぞ?幸先良すぎて怖ぇくらいだ」
そう言い切られる。
「これから先、10も20も出るかもしれねぇ。そのたびに顔色変えてたら、旅の前に倒れるぞ」
ニヤリと笑う。
「名前探しは長期戦だな。名前は増える。迷いも増える。だが“増える”ってことは、近づいてるってことだ」
良かった良かった、と言われてなんだか力が抜けてしまう。
そっか。
強張っていた体の力が抜ける。
それが伝わったのか、リュミとフェリクスさんも、ふっと息を吐いた。
心配かけてごめんなさい、ありがとう。
「舞台で止まったのは反省しろ。明日はしっかりやれ」
団長のその声は、叱責でも慰めでもなかった。
ただ、事実として。
「……はい」
「ひとつ聞かせてくれ」
団長は少し前のめりになっていう。
「その老人、明日また来ると思うか?お前の勘でいい」
考える。
あの目を思い出す。
去り際のあの背中を。
「……来ると思います」
「だろうな、俺もそう思う」
団長が皆を見回した。
「というわけで、明日は1つ頼みたいことがある」
「濃紺のローブの老人、見かけたら教えあう、そうよね?」
静かに聞いていたアナスタシアさんが先に言い切って、団長が苦笑する。
「わかってるじゃないか」
「当然でしょ」
さらりと言って、アナスタシアさんは私を横目で見た。
「客席は俺たちが、舞台下から見える位置はリネが、後方はユーシリアが確認だな」
セヴランさんが静かに整理するように言う。
「それぞれ気にかけておきましょう。公演に支障が出ない範囲で」
「今日みたいに話しかけてくるなら、こっちから声をかけられるかもしれないし」
フェリクスさんがそう付け加えた。
「リネ、見つけたら知らせる。だから舞台に集中しろ」
セヴランさんの言葉は短かったけれど、心強かった。
1人じゃない。




