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本番が始まった。
今日は昨日より家族連れの姿が目立つ。
子どもを肩車した父親や、胸に抱かれた小さな影が、客席に揺れている。
セヴランさんが子ども向けの曲を前半にもってきて正解だった、と嬉しそうに言っていた。
昨日の反応から今日の客層を見極める。
経験が生きていてすごい。
今日もまずは団長の歌とリュミの踊りを中心に音楽が重なっていく。
昨日と違う光の雨にみんなが声をあげ、手を伸ばし、大人も子どもも笑顔で空を見上げている。
1曲、2曲、と演奏が続き、観客の興奮が増していく。
私は舞台の下で、団長とリュミの水分や拭き布の準備をしていた。
光の帯が客席を包み、音楽と一体になっていく。
舞台下の魔力灯を少し暗くしようと手をかけた、その瞬間。
ぞくり。
背筋に、何かが走った。
魔力。
誰かの魔力が、私に触れた。
冷たく、痛い、突き刺すような魔力。
客席を見渡す。
人、人、人。
誰もこちらを見ていない。
でも、確かに感じた。
この感覚は、なに?
初めての感覚に緊張で汗が吹き出してくる。
「ふぅ、前半、終わり!」
舞台から団長とリュミが降りてきた。
リュミの声で、意識が今に戻ってくる。
「今日は、ずれてなかったな」
「光があるとリズムとりやすいんですよね」
2人が話している。
仕事。
今は仕事だ。
でも、胸の奥は騒いでいた。
広場では拍手が続いている。
私は息を整え、リクエストを聞きにいくために舞台の前方へと歩み出る。
「頼むぞ!」
フェリクスさんが手を振る。
私は頷き、フェリクスさんに指定されたお客さん目掛けて、客席へと駆け出した。
「こんばんは!リクエストをお伺いします」
笑顔でリクエスト曲を聞き、それを舞台のフェリクスさんに伝える。
体を動かし、さっきのヒリついた魔力の残滓を振り払おうとする。
それでもなかなか消えない。
1曲、2曲、とリクエストを聞き、次で最後。
最後は客席の後方、緑のワンピースの女性。
「こんばんは!リクエスト曲をお伺いします」
「嬉しいわ、火花のカーニバルお願い」
タイトルを聞き、舞台に戻ろうとした時だった。
緑のワンピースの女性と同じベンチ、その端の方に座っている老人が私を強い視線で見ていることに気づいた。
「火花のカーニバルですね、わか…り……」
あまりに強い眼差しに、言葉が、途切れた。
白と銀の混ざった髪。深い皺。初めて見る顔。
その瞬間。
また。
あの感覚。
魔力の、波。
この老人から、来ている。
「君の、名前は?」
心臓が、止まりそうになる。
「……え?」
「君の名前を、教えてくれないか」
手が震える。
「わかり、ません」
老人は、小さく頷いた。
「そうか。まだ、わからないのか」
まだ?
どういう意味?
あなたは誰?
なぜ、名前のことを──
「次! 急いで!」
客席後方からユーシリアさんの声が飛んできた。
「すみません」
ユーシリアさんに頭を下げて、舞台へ向かおうとする。
でも、足が重い。
「あの、あなたは──」
振り返る。
老人は、微笑んでいた。
悲しそうな、優しい、微笑み。
「いつか、わかるだろう」
そう言って、老人は立ち上がり、人混みの中に消えていく。
「待って!」
声が出ない。
体が動かない。
「おい、どうした?」
舞台からフェリクスさんの声もする。
お客さんたちもざわつく。
私は、去っていく老人の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
慌てて走り、リクエストをなんとかフェリクスさんに伝え終える。
それからさっきの老人を探しに戻る。
でも、やはり、もういなかった。
隣に座っていた人に聞いても、初めて見る顔だった、と首を横に振られるだけ。
私は呆然と立ち尽くすしかなかった。
消えた。
拍手だけが、広場に満ちている。
胸の奥に残ったのは、あの冷たい魔力だけ。
胸の奥が、ざわざわと騒いでいた。




