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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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受付窓口は中央広間の奥、左右に三つずつ並んでいた。

どの窓口も木枠で囲まれ、中には職員が座っている。

カウンターの上には書類が積まれ、羽ペンとインク壺が並ぶ。



「どこに行けばいいんでしょう」



小声で尋ねると、フェリクスさんは窓口を見渡す。



「内容的に住民登録だな。あっちの端だ」



そう言って左手奥の窓口を指差した。


近づくと、小さな木札が机の上に置かれている。


『住民登録・出生記録』と書かれていた。

この小さな木札をあの位置からよく読めたな、と驚いてしまう。



カウンターの向こうには、白髪の男性職員が座っている。

眼鏡をかけ、書類に何かを書き込んでいる。

フェリクスさんが軽くカウンターを叩いた。



「おはよう、頼んでいいか?」



職員が顔を上げる。

眼鏡の奥の目が、私たちを見た。



「はい。ご用件は?」


落ち着いた、事務的な声。

フェリクスさんが私の肩を軽く押す。


ああ、そうだよね、自分で言わなくちゃ。

喉が渇いているし指先が冷たい。

ここまで来たんだ。


私は一歩前に出て、カウンターに手をついた。



「あの、名前を探していただきたいんです」



職員さんは手慣れた動きで書類を差し出した。



「承知しました。お名前に紐づく情報の確認ですね。こちらにご記入を」


「あ、いえ……その……」


差し出された紙を見つめたまま、言葉が詰まる。

名前を記入する欄があるのが見える。



「情報、ではなくて……その、名前そのものを……」


職員さんのペンが止まる。


「お名前そのもの、ですか?」



表情が困惑に変わり、椅子に座り直す。



「それは…どういう意味でしょうか」



言葉を選びながら、私は説明を始める。



「私は、隣町のカンシーラで養子として育ちました」


一度言葉を区切る。


「実の母が……成人の儀の前に、私の名前をどこか別の町で登録したらしいんです」


“らしい”だなんて、自分でも頼りない響きだと思う。


「こちらは隣町ですし……可能性があるかもしれないと」




職員さんは眼鏡を押し上げる。


「出生はカンシーラ、ですね。でしたら、こちらでは名の登録簿を探すことになります」


書棚の奥を一瞥する。


「成人前に別の町で名を登録する場合、仮登録、あるいは保護名義で残されている可能性があります」


少し間を置いてから続ける。


「ただし…登録名が不明となりますと、照会には他の手がかりが必要になります。産まれ日はお分かりですか?」



「16年前のルビアーナに産まれました。でも正確な日付で登録されているかどうかは……」


職員さんは頷き、静かに息を吐いた。



「なるほど。ではルビアーナとその翌月のソラーネに絞り、見ていきましょう。そこから先は、1つずつ確認して除外するしかありません」




確認自体は出来そうだけれど時間がかかりそうだ。




「それは…かなりの量になりますか?」


フェリクスさんを仰ぎ見る。


「時間の許す限りやろうぜ。俺は構わねぇ」





職員さんは私とフェリクスを交互に見て、それから小さく頷いた。



「では、少々お待ちください」



そう言ってから椅子を引き、奥の“書庫”と書かれた部屋へと消えていった。


重い扉が閉まる音が、やけに大きく響く。

公会所の中は相変わらず明るいのに、さっきより少しだけ空気が冷たく感じた。


カンシーラ


ルビアーナの頃


16年前



それだけで、見つかるだろうか。

指先を握りしめる。



「……なぁ」


隣でフェリクスさんが小さく言う。


「俺も手伝うからさ」


視線を向けると、いつもの軽い顔。

けれど声は優しい。


「出てくるか、こないか。どっちも受け止める覚悟で来たんだろ?」


そうだ。胸の奥が、ぎゅっと縮む。

私は、知りに来たのだ。


「…はい。でも、怖いです」


フェリクスさんは何も言わず、ただ頷いた。




書庫の奥から、紙をめくる音が微かに聞こえる。

それが、自分の運命を探られている音のように思えた。


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