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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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18

宿に着いた。

馬がいる厩舎のそばに、大きな荷物は置かせてもらう。


宿の戸を開けると、1階の酒場はとても賑やかだった。

酒と香辛料の香りが暖かな空気と混じり合っている。

カウンターの向こうで、店主が顔を上げる。


「お、戻ったか。演奏、終わったんだろ」


団長が軽く手を振る。


「おかげさまで」


「なぁ、また今回も1曲弾いてくれるかい?」



店主はにやっと笑って、鍋の蓋を叩いた。


「飯をつけるから!ただ——」


指を一本立てる。


「酒はたくさん呑むだろ? そっちはちゃんと払ってもらうけどさ」



酒場の客たちから笑いが起きる。

団長も肩をすくめた。



「酒と等価だと、何曲弾けばいいか分からんからな」



いいぜ、1曲弾くよ、と店主に応えて皆に目配せする。


急に決まった演奏に、誰1人として動じていない。

それどころか、何の曲にするかもう決まっているようだ。


空いている階段下に皆が並び、団長の歌声が始まる。

その歌声に合わせて音が重なっていった。



先ほど舞台でも歌った歌だ。

でも…音も、リズムも、さっきとは違う。


酒場のざわめきに合わせるように、高音は丸く、間は広くとられている。


同じ曲であっても、求められる場所が違えば、形は変わる。

誰かが合図を出したわけでも、打ち合わせをしたわけでもない。

それなのに、最初からそう決まっていたみたいに、自然に重なり合っていった。


リュミは踊らないようなので、ユーシリアさんとリュミと私の3人で手拍子をして盛り上げる。


酒場の夜に似合う、楽しい時間だった。




1曲終えると、店主が料理をどんどん運んでくれる。


その美味しそうな香りに、お腹が空いていたことを思い出した。

皆で食べながら、簡単な振り返りが始まる。



「初日なのに、客入りは良かったわね」



ユーシリアさんが言う。



「選曲も良かったわ。リクエストの反応も上々。特に《花畑の朝》は、子ども連れに好評だった」


皆が真剣に聞いている。


「明日は早い時間に子ども向けの曲、入れてみてもいいかもしれないわね」


「曲の流れ、組み直してみるか」


セヴランが頷きながら、手元の紙に書き留めている。



「次は改善したいところ」


少しだけ、声を落とす。


「リュミの踊り、4曲目でズレてた」


リュミが、顔を曇らせる。


「……気をつけてたんだけど」

「分かってる。疲れが出るタイミングだから、明日は4曲目は少し意識して」

「うん」


リュミが頷く。



「それと、大太鼓」


ユーシリアさんが、ブラムさんを見る。


「後半1曲目、少し走りすぎてた」

「……了解」


ブラムさんが、短く答える。



食事を終えても、酒を呑みながら話し合いが続く。

良かったところ。

改善すべきところ。

皆、真剣に意見を出し合う。



私は、その様子を静かにみていた。


——こうやって、良くなっていくんだ。

1度の舞台で、終わりじゃない。



意見がまとまり、酒瓶が何本もカラになった頃、団長が立ち上がった。


「よし、今日はここまで。明日は午後から舞台で調整だ。午前中は自由時間」


「了解」



皆が解散する。

私も1度部屋に戻ろうと階段に向かった。

その時——



「リネ」


団長に声をかけられた。


「…はい?」


声をかけられると思っていなかったので、驚いて変な返事になってしまう。


「今日の動き、悪くなかった」


真っ直ぐに目を見て伝えられて胸の奥が熱くなる。


「躊躇わず走り出せたな。明日も、考えて止まるな、考えながら進め」


「はい」


頭の中で反芻し、心に刻む。そして体に伝える。

考えながら止まらない、進む、動く。


「明日の自由時間、公会所に行くか?行くなら道案内をつけてやる」


そう言われて、団長は私の目的を、名前探しのことも考えてくれていると気付く。



自由時間と言われた時から行きたいと思っていた、が、告知貼りの時に1度行っただけなので、道に自信がなくて悩んでいた。


「行きたいです。道が不安だったので、道案内していただけたら助かります」


渡りに船だと思い、喜んでお願いする。



「んじゃ話しとくから、明日はフェリクスと行け」



てっきりユーシリアさんかと思っていたから、フェリクスさんの名前が出て戸惑う。

そんな気持ちが伝わったようだ。



「ユーシリアは別件があってな。それに、あいつは人の顔と道はよく覚えてる、こういう用事には適任だ」



話は終わりと手を振られ、階段を登る。

明日は色々と緊張しそうだ。


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