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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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16

3曲のリクエストが決まり、演奏が始まったのを確認して、私は舞台の下に戻った。


心臓が早鐘を打っている。

走ったせいもある。

でも、それだけじゃない。


——客席に出た。

観客の顔を、間近で見た。

笑顔を見て、期待を肌で感じた。


胸の奥がじんわりと熱い。


「お疲れ」


リュミが水を差し出してくれる。


「ありがとう」


一気に飲む。

冷たい水が、喉を通っていく。


「ちゃんとやりきったね」


リュミが笑う。


「……緊張しました」


「そうだよね。できてたから大丈夫!頑張ったね」


その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。



改めて舞台の音に耳をすませる。


《星降る夜に》

穏やかで、優しい旋律。

観客が静かに聴いている。

青い帽子の男性が、目を閉じて聴いていた。



次は《風の舟歌》

軽快で、明るい曲。

橋の上の女性だけではなく、たくさんの観客がリズムに合わせて体を揺らしている。



そして《花畑の朝》

柔らかくて、温かい音楽。

子どもを抱いた女性が、優しく揺らしていた。

子どもが笑っている。



リクエストの3曲が終わり、また大きな拍手が沸いた。



「ありがとうございました!」


フェリクスが、軽く手を振る。


「それじゃ、後半いきますよ」



その言葉を合図に、団長とリュミがまた舞台に上がっていく。


休憩は終わり。


また、音楽が始まる。



私は舞台の下でまた見守る。

さっきまでの興奮が、まだ胸に残っている。

でも、落ち着いてきた。


——これが、私の仕事なんだ。


裏方として、支える。

客席に出て、声を聞く。

それも、楽団の一部。

そう思うと、また背筋が伸びた。




後半の曲が始まった。

団長の歌声が、また川に響く。

リュミが踊り、楽器が音を重ねる。

観客の反応が曲が進むにつれて、変わっていく。

最初は静かだった客席も、少しずつ体を揺らし始める。

子どもが手拍子をしている。

誰かが一緒に歌っている。



そしていよいよ、最後の曲だと団長が告げた。

曲が始まるまえに大きく皆で手を振り、それからお辞儀をする。



締めくくりの曲の演奏が始まったその時——

何かが、舞台に投げられた。


「え?」


小さな布の袋。

舞台の端にぽとりと落ちる。

次の瞬間、また別の袋が投げられた。


「心付けよ」


隣で、ユーシリアさんが言った。

いつの間に戻ってきていたのだろう。


「心付け…お金ですか?」

「ええ。気に入ったら、観客が投げるの」



そう言ってから、ユーシリアさんが少しだけ笑う。


「フェリクスは“舞銭”って呼んでるけどね。あの人、そういう名前つけたがるのよ」


「……舞銭」


「そう。だからうちでは、そう呼んでるわ」


「後で集めるから、今は見守っていて」



また、袋が投げられる。

1つ、2つ、3つ…

舞台の端に、少しずつ増えていく。



「……すごい」


思わず呟くと、ユーシリアさんが頷いた。


「今日は、いい反応ね」




そして曲が終わり、大きな拍手。

団長が舞台前方へ歩み出て、深く頭を下げる。

それに続けて他の皆も深く頭を下げる。


拍手が、鳴り止まない。



「アンコール!」



声が重なり、拍手が続く。


団長が楽しそうに笑った。


「じゃあ……最後は、みんなでいこうか」


ざわり、と空気が揺れる。


「知ってる人は、声を貸してくれ」



そう言うと振り返って皆に曲名を伝える。

フェリクスが心得た様子で客席に向かって手を振る。



「簡単だよー! 分かるところだけでも、音程外してもいいから!」



小さな笑いが起きる。


そんなやりとりをしている間に他の皆が楽器の準備を整える。

そして、ゆっくりと音を重ねていく。


聞き覚えのある旋律。


団長が歌いながら観客皆に向けて手を伸ばし、歌を求める。


誰かが、そっと歌い始める。

もう一人、また一人。


やがて、川沿いに歌声が広がっていく。

それを眺めていたら、ユーシリアさんに手を引かれた。

なにを、と考える暇もなく壇上に2人であがる。

灯りが近くて、少し眩しい。

そして一緒に歌うよう促される。

まさかの、舞台の上で、私も一緒に少し口ずさんだ。



——ひとつの歌になってる。


曲が終わった瞬間、

拍手と歓声が、一気に湧き上がった。

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