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3曲のリクエストが決まり、演奏が始まったのを確認して、私は舞台の下に戻った。
心臓が早鐘を打っている。
走ったせいもある。
でも、それだけじゃない。
——客席に出た。
観客の顔を、間近で見た。
笑顔を見て、期待を肌で感じた。
胸の奥がじんわりと熱い。
「お疲れ」
リュミが水を差し出してくれる。
「ありがとう」
一気に飲む。
冷たい水が、喉を通っていく。
「ちゃんとやりきったね」
リュミが笑う。
「……緊張しました」
「そうだよね。できてたから大丈夫!頑張ったね」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
改めて舞台の音に耳をすませる。
《星降る夜に》
穏やかで、優しい旋律。
観客が静かに聴いている。
青い帽子の男性が、目を閉じて聴いていた。
次は《風の舟歌》
軽快で、明るい曲。
橋の上の女性だけではなく、たくさんの観客がリズムに合わせて体を揺らしている。
そして《花畑の朝》
柔らかくて、温かい音楽。
子どもを抱いた女性が、優しく揺らしていた。
子どもが笑っている。
リクエストの3曲が終わり、また大きな拍手が沸いた。
「ありがとうございました!」
フェリクスが、軽く手を振る。
「それじゃ、後半いきますよ」
その言葉を合図に、団長とリュミがまた舞台に上がっていく。
休憩は終わり。
また、音楽が始まる。
私は舞台の下でまた見守る。
さっきまでの興奮が、まだ胸に残っている。
でも、落ち着いてきた。
——これが、私の仕事なんだ。
裏方として、支える。
客席に出て、声を聞く。
それも、楽団の一部。
そう思うと、また背筋が伸びた。
後半の曲が始まった。
団長の歌声が、また川に響く。
リュミが踊り、楽器が音を重ねる。
観客の反応が曲が進むにつれて、変わっていく。
最初は静かだった客席も、少しずつ体を揺らし始める。
子どもが手拍子をしている。
誰かが一緒に歌っている。
そしていよいよ、最後の曲だと団長が告げた。
曲が始まるまえに大きく皆で手を振り、それからお辞儀をする。
締めくくりの曲の演奏が始まったその時——
何かが、舞台に投げられた。
「え?」
小さな布の袋。
舞台の端にぽとりと落ちる。
次の瞬間、また別の袋が投げられた。
「心付けよ」
隣で、ユーシリアさんが言った。
いつの間に戻ってきていたのだろう。
「心付け…お金ですか?」
「ええ。気に入ったら、観客が投げるの」
そう言ってから、ユーシリアさんが少しだけ笑う。
「フェリクスは“舞銭”って呼んでるけどね。あの人、そういう名前つけたがるのよ」
「……舞銭」
「そう。だからうちでは、そう呼んでるわ」
「後で集めるから、今は見守っていて」
また、袋が投げられる。
1つ、2つ、3つ…
舞台の端に、少しずつ増えていく。
「……すごい」
思わず呟くと、ユーシリアさんが頷いた。
「今日は、いい反応ね」
そして曲が終わり、大きな拍手。
団長が舞台前方へ歩み出て、深く頭を下げる。
それに続けて他の皆も深く頭を下げる。
拍手が、鳴り止まない。
「アンコール!」
声が重なり、拍手が続く。
団長が楽しそうに笑った。
「じゃあ……最後は、みんなでいこうか」
ざわり、と空気が揺れる。
「知ってる人は、声を貸してくれ」
そう言うと振り返って皆に曲名を伝える。
フェリクスが心得た様子で客席に向かって手を振る。
「簡単だよー! 分かるところだけでも、音程外してもいいから!」
小さな笑いが起きる。
そんなやりとりをしている間に他の皆が楽器の準備を整える。
そして、ゆっくりと音を重ねていく。
聞き覚えのある旋律。
団長が歌いながら観客皆に向けて手を伸ばし、歌を求める。
誰かが、そっと歌い始める。
もう一人、また一人。
やがて、川沿いに歌声が広がっていく。
それを眺めていたら、ユーシリアさんに手を引かれた。
なにを、と考える暇もなく壇上に2人であがる。
灯りが近くて、少し眩しい。
そして一緒に歌うよう促される。
まさかの、舞台の上で、私も一緒に少し口ずさんだ。
——ひとつの歌になってる。
曲が終わった瞬間、
拍手と歓声が、一気に湧き上がった。




