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団長が歌い始めた。
低く、深く、川に染み込むような声。
それに応えて楽器が音を重ねていく。
太鼓が土台を作り、弦が絡みつき、笛が空を舞う。
そして、リュミが踊り始める。
音と体が、完全に溶け合っている。
私は舞台の下で、ただ見ていた。
圧倒されていた。
練習の時と同じ曲のはずなのに、胸の奥に落ちてくる重さが違う。
観客の視線が集まるたび、音が膨らんでいく。
リュミの踊りは、昼よりもずっと力強い。
離れているのに呼吸や熱をすぐそばで感じる。
笛のソロが始まると、雰囲気がかわる。
観客が息を呑むのが分かった。
後半の太鼓が強く激しく鳴り響き、体が震える。
何かしなきゃ、と思う暇もなかった
音が流れ出した瞬間、私はただ立ち尽くしていた。
何もできない。
ただ、見ているだけ。
でもそれでよかったのかもしれない。
何か頼まれても今の私は動けなかっただろう。
1曲目があっという間に終わり、拍手が波のようにどんどん大きくなり、舞台へ向かってくる。
演奏に圧倒され、拍手に圧倒される。
すごい。
緊張はいつの間にか消え、興奮で身体に熱が入る。
それからも曲が終わるたび、拍手が湧き上がる。
大きな拍手。
子どもの歓声。
誰かの笑い声。
皆は軽く頭を下げたり笑顔で手を振り、次の曲へ移る。
3曲、4曲…と終わったところで団長とリュミが舞台から降りてくる。
「後半まで、少し休憩」
そう言って、用意してあった水を2人とも一気に飲み干していく。
そして一息ついてから教えてくれた。
ここからはリクエストを聞いて3曲弾くそうだ。
でも、歌と踊りは一度休憩を入れるので無し。
フェリクスが打楽器を台の上に置き、舞台前方に出る。
「歌と踊りの呼吸を整えます。その間、皆さんのリクエストを演奏しますよ!」
聴きたい曲ある人は手を挙げて、と人懐っこい声音で観客に呼びかける。
何人か手を挙げているお客さんがみえる。
「リネ、出番だ。フェリクスが選んだ客のところ行って、リクエスト聞いてこい」
突然だった。
舞台からあふれた熱気が、そのまま客席まで流れ込んでいる。
その中を歩いていく自分を一瞬だけ想像してしまう。
「……行ってきます」
声が思ったより、ちゃんと出た。
「えーと、椅子に座っている、青い帽子の素敵な紳士の方!」
舞台袖から走り出た私を見て、フェリクスが腕で大きく方向を示す。
「こんばんは。リクエストをお伺いします」
無事にお客さんの元に辿り着き、曲名を聞く。
そして走って舞台前まで戻り、壇上でしゃがみこみ、私を待っていたフェリクスに曲名を伝えた。
「《星降る夜に》です」
フェリクスが頷いて、後ろを振り返る。
「《星降る夜に》!」
声をかけると、皆が頷いた。
「了解」
エルドが弦を調整し始める。
「次、お願い」
フェリクスが、また客席を見渡す。
「じゃあ、橋の上で見てる、赤い服の可憐な女性!」
私は、また走り出す。
橋の上まで——少し遠い。
息が上がるけれど、足を止めない。
「こんばんは。リクエストをお伺いします」
女性が、嬉しそうに笑った。
「《風の舟歌》をお願いできる?」
「はい、ありがとうございます」
また、走る。
舞台に戻りフェリクスに伝える。
「《風の舟歌》です」
「おお、それいいね」
フェリクスが笑う。
「《風の舟歌》!」
また、皆が心得たように楽譜を出してくる。
「最後、もう一人!」
フェリクスが、客席を見る。
「じゃあ……小さな相棒をずっと抱っこして頑張ってるお母さん!」
また、走る。
今度は、観客席最後部。
立ち見の場所で人が多くて、少し迷う。
「あの、こんばんは」
子どもを抱いた女性に声をかける。
「私?」
「はい。リクエストをお伺いします」
「《花畑の朝》とか、できる? この子が好きで」
「はい、ありがとうございます」
また、走る。
息が、苦しい。
それでも、足は止まらなかった。
舞台に戻り、フェリクスに伝える。
「《花畑の朝》」
「いいねぇ。しっとり、さわやか、最後に穏やか、これはいい流れだ」
フェリクスが笑って、楽団員に伝える。
「《花畑の朝》!」
「了解」
3曲決まったところでフェリクスが舞台中央に立つ。
「それでは皆さんのリクエスト3曲弾いていきます、まずは《星降る夜に》お聴きください」
そう言ってから自分の楽器の元へ戻り準備を始める。
皆が互いの顔を見て、確認しながら音を出し、曲が始まった。




