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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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14

夕方の風が川の匂いと夜の静かさを運んでくる頃、広場に人が集まり始めていた。


「何年か前にも来てた楽団だろ」

「ええ、笛が綺麗だったって」

「歌もあるらしいぞ」


そんな声が、あちこちから聞こえてくる。


「子ども連れてきても平気って聞いたけど…」

「外だし、大丈夫だろ。ほら、椅子もある」


石畳に腰掛けて友人と酒を飲む人。

客席の空きを探し座る人。

橋の上で止まり遠くから見る人。

市場帰りの籠を置き、立ち止まる人。


まだ誰も舞台には立っていない。

けれど、もう“始まり”はここにあった。


私は舞台の下、弦楽器と笛の置かれた布の横に立ちそっとその様子を見ていた。

人が…思っていたよりずっと多い。


告知の紙を貼った時より、呼び込みの音を鳴らした昼より、ずっと。


胸の奥が、ざわつく。

大勢の人の前で演奏するのは皆だ。

私が表舞台に立つわけではない。

それなのに緊張で喉がひりつき、寒気すらしてくる。



「大丈夫?」


声をかけられて振り向くと、ユーシリアさんがいた。



「人、来てますね」

「ええ。いい入り方よ」


そう言って、舞台下で最終打ち合わせをしている皆へ視線を向ける。



「あなたは舞台下に。何か指示があったらすぐ動けるようにして」


「はい」



私は頷き、深く呼吸した。

できることをやる、それだけだ。




空の色がゆっくりと変わっていく。

川のきらめきが鈍くなり、影が長く伸びる。

話し声が少しずつ低く少なくなり、笑い声が落ち着いていく。



「そろそろね」



ユーシリアさんがそう呟いた。



「明日からのために客席の反応をみるから、私は離れるけれど…力を抜いてね。今日のところは本番の演奏を聴いて、見て、楽しむくらいの気持ちでいいから」



それじゃ、楽しみましょう、そう言って客席へと歩いていく。

その後ろ姿を見送ってから、舞台下の皆のところへ向かう。




「さてと。やりますかね」



ちょうど何か始めるところだったらしい。

フェリクスがそう言って、指を鳴らす。

次の瞬間、ランタン全てに火が灯った。



暗くなった空にランタンの灯りがゆらゆらと輝く。

川の水面に揺れる光が反射して美しい。

——時間だ。

あたりが静まり返り、客席の期待が高まったのがわかった。



「いってくる」


リュミがいつもと違う表情で、短く私に告げる。



「がんばって」



気の利いた言葉は出なかったけれど、心からの応援が伝わるだろうか。



舞台に皆が登ると観客から拍手が湧き上がった。

その拍手に手を上げたり、お辞儀をしたりとそれぞれ反応しつつ所定の立ち位置に立つ。



拍手が収まった頃、団長が一歩前に出て深くお辞儀をした。



楽団の空気が、ぴんと張りつめた。

誰かが深く息を吸う音。

自分の心臓の音。

あまりの静寂に耳鳴りすらしてくる。

何かあったら、私が動く。

そのためにここにいるんだ、しっかりしなくちゃ。



団長が頭を上げる。

客席を一度見渡し、ゆっくりと息を整える。




——始まる。



私は、胸の前でそっと手を組んだ。

指先がひどく冷たかった。


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