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夕方の風が川の匂いと夜の静かさを運んでくる頃、広場に人が集まり始めていた。
「何年か前にも来てた楽団だろ」
「ええ、笛が綺麗だったって」
「歌もあるらしいぞ」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
「子ども連れてきても平気って聞いたけど…」
「外だし、大丈夫だろ。ほら、椅子もある」
石畳に腰掛けて友人と酒を飲む人。
客席の空きを探し座る人。
橋の上で止まり遠くから見る人。
市場帰りの籠を置き、立ち止まる人。
まだ誰も舞台には立っていない。
けれど、もう“始まり”はここにあった。
私は舞台の下、弦楽器と笛の置かれた布の横に立ちそっとその様子を見ていた。
人が…思っていたよりずっと多い。
告知の紙を貼った時より、呼び込みの音を鳴らした昼より、ずっと。
胸の奥が、ざわつく。
大勢の人の前で演奏するのは皆だ。
私が表舞台に立つわけではない。
それなのに緊張で喉がひりつき、寒気すらしてくる。
「大丈夫?」
声をかけられて振り向くと、ユーシリアさんがいた。
「人、来てますね」
「ええ。いい入り方よ」
そう言って、舞台下で最終打ち合わせをしている皆へ視線を向ける。
「あなたは舞台下に。何か指示があったらすぐ動けるようにして」
「はい」
私は頷き、深く呼吸した。
できることをやる、それだけだ。
空の色がゆっくりと変わっていく。
川のきらめきが鈍くなり、影が長く伸びる。
話し声が少しずつ低く少なくなり、笑い声が落ち着いていく。
「そろそろね」
ユーシリアさんがそう呟いた。
「明日からのために客席の反応をみるから、私は離れるけれど…力を抜いてね。今日のところは本番の演奏を聴いて、見て、楽しむくらいの気持ちでいいから」
それじゃ、楽しみましょう、そう言って客席へと歩いていく。
その後ろ姿を見送ってから、舞台下の皆のところへ向かう。
「さてと。やりますかね」
ちょうど何か始めるところだったらしい。
フェリクスがそう言って、指を鳴らす。
次の瞬間、ランタン全てに火が灯った。
暗くなった空にランタンの灯りがゆらゆらと輝く。
川の水面に揺れる光が反射して美しい。
——時間だ。
あたりが静まり返り、客席の期待が高まったのがわかった。
「いってくる」
リュミがいつもと違う表情で、短く私に告げる。
「がんばって」
気の利いた言葉は出なかったけれど、心からの応援が伝わるだろうか。
舞台に皆が登ると観客から拍手が湧き上がった。
その拍手に手を上げたり、お辞儀をしたりとそれぞれ反応しつつ所定の立ち位置に立つ。
拍手が収まった頃、団長が一歩前に出て深くお辞儀をした。
楽団の空気が、ぴんと張りつめた。
誰かが深く息を吸う音。
自分の心臓の音。
あまりの静寂に耳鳴りすらしてくる。
何かあったら、私が動く。
そのためにここにいるんだ、しっかりしなくちゃ。
団長が頭を上げる。
客席を一度見渡し、ゆっくりと息を整える。
——始まる。
私は、胸の前でそっと手を組んだ。
指先がひどく冷たかった。




