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始める、という合図もなく、皆がそれぞれ集まってきて音が重なっていく。
ブラムが大きな太鼓を叩いて響きを確かめ、フェリクスは小さな太鼓や鈴の配置を直している。
アナスタシアは笛を吹きながら指の動きを確認している。
エルドとセヴランも弦を鳴らし互いに音の調整をしている。
リュミは曲の順番を見ながら動きを確認している。
思い思いに、向き合う時間。
「リネ、こっちよ」
ユーシリアさんが手招きする。
「客席の前方に私、後方の立ち見席のあたりにあなた。音のバランスを確かめるの」
「はい」
音を聞き違和感を覚えたときは、直したいほうの側の手を上げて合図する、そうユーシリアさんに教えられ、私は客席の更に後ろへ向かった。
石垣に腰を下ろし、演奏が始まるのを待つ。
手持ち無沙汰になりそうだったので、先ほどふと目に入った舞台の下の垂れ幕を1枚外し持ってきた。
端が、僅かにほつれていた。
皆が演奏準備をする間に直せるかもしれない。
さっそく巾着から針と糸を取り出し、針を通し、ほつれた糸を拾っていく。
単調な作業。
でも手を動かしていると、力が抜けていく。落ち着く。
ほつれを直し終え、針をしまい布を畳んだところで、ちょうど音が止まった。
はっとして顔を上げると、団長が片手を上げている。
なるほど。それで皆の音が、一斉に止まったのか。
団長が、ゆっくりと皆の顔を見回す。
誰も何も言わない。
でも、空気が変わった。
…始まるんだ。
団長が舞台中央の少し後ろに立つ。
それを合図に、皆も姿勢を正す。
リュミは舞台中央、前。
ブラムとフェリクスが右側、エルドとセヴラン、アナスタシアが左側。
団長が、息を吸う。
歌声が、響いた。
低く、深く、川に染み込むような声。
それに応えるように楽器が音を重ねる。
太鼓が土台を作り、弦が歌と楽器を絡めて繋ぎ、笛が軽やかに弾んでいる。
リュミも踊り始める。
音と、体が、溶け合っている。
私は息を呑んでいた。
音が、全身を包み込む。
客席の後ろでも、ちゃんと届いている。
でも——
少しだけ、左が強い気がする。
自信はない。全くない。
でも、そう感じた。
恐る恐る、左手を上げかけたその時。
ユーシリアさんが、一呼吸早く左手を上げた。
……あってた。
ほっとして、私も手を上げる。
左側の音が少しだけ弱まる。
右と左の音の響きが整った。
曲が進む。
笛の単奏が始まった。
アナスタシアさんの笛が、一人で舞台を支配する。
綺麗な音。
でも…少し、小さい気がする。
客席の後ろまで、わずかに届ききらない。
また、恐る恐る手を上げる。
アナスタシアさんが、ちらりとこちらを見た。
次の瞬間、笛の音が大きくなる。
しっかりと、客席の後ろまで届く音。
これなら、大丈夫。
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
私の合図をちゃんと受け取ってくれた。
音が、変わった。
それは、私が手を上げたから。
小さなことかもしれない。
でも、確かに、私もこの音楽の一部になっている。
曲が終わり、音が止まる。
それから、団長が頷いた。
「悪くない」
短い一言。
でも、皆の顔が、少しだけ緩んだ。
「次の曲いくぞ。また最後まで通す」
「了解」
再び音が始まる。
私は、耳を澄ませた。
今度は、最初からバランスが良い。
笛も、ちゃんと響いている。
リュミの踊りも、音と完全に一つになっている。
——これが、本番の音なんだ。
今夜、ここに人が集まる。
この音楽を聴くために。
胸が、高鳴った。




