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仮初を生きるもの  作者: 木南一果
呼ぶ声

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13

始める、という合図もなく、皆がそれぞれ集まってきて音が重なっていく。



ブラムが大きな太鼓を叩いて響きを確かめ、フェリクスは小さな太鼓や鈴の配置を直している。

アナスタシアは笛を吹きながら指の動きを確認している。

エルドとセヴランも弦を鳴らし互いに音の調整をしている。

リュミは曲の順番を見ながら動きを確認している。


思い思いに、向き合う時間。


「リネ、こっちよ」


ユーシリアさんが手招きする。


「客席の前方に私、後方の立ち見席のあたりにあなた。音のバランスを確かめるの」


「はい」


音を聞き違和感を覚えたときは、直したいほうの側の手を上げて合図する、そうユーシリアさんに教えられ、私は客席の更に後ろへ向かった。


石垣に腰を下ろし、演奏が始まるのを待つ。


手持ち無沙汰になりそうだったので、先ほどふと目に入った舞台の下の垂れ幕を1枚外し持ってきた。

端が、僅かにほつれていた。

皆が演奏準備をする間に直せるかもしれない。


さっそく巾着から針と糸を取り出し、針を通し、ほつれた糸を拾っていく。

単調な作業。

でも手を動かしていると、力が抜けていく。落ち着く。


ほつれを直し終え、針をしまい布を畳んだところで、ちょうど音が止まった。



はっとして顔を上げると、団長が片手を上げている。


なるほど。それで皆の音が、一斉に止まったのか。


団長が、ゆっくりと皆の顔を見回す。

誰も何も言わない。

でも、空気が変わった。



…始まるんだ。



団長が舞台中央の少し後ろに立つ。

それを合図に、皆も姿勢を正す。


リュミは舞台中央、前。

ブラムとフェリクスが右側、エルドとセヴラン、アナスタシアが左側。


団長が、息を吸う。

歌声が、響いた。



低く、深く、川に染み込むような声。

それに応えるように楽器が音を重ねる。

太鼓が土台を作り、弦が歌と楽器を絡めて繋ぎ、笛が軽やかに弾んでいる。


リュミも踊り始める。

音と、体が、溶け合っている。


私は息を呑んでいた。


音が、全身を包み込む。

客席の後ろでも、ちゃんと届いている。


でも——



少しだけ、左が強い気がする。

自信はない。全くない。

でも、そう感じた。


恐る恐る、左手を上げかけたその時。

ユーシリアさんが、一呼吸早く左手を上げた。



……あってた。


ほっとして、私も手を上げる。

左側の音が少しだけ弱まる。

右と左の音の響きが整った。


曲が進む。

笛の単奏が始まった。

アナスタシアさんの笛が、一人で舞台を支配する。

綺麗な音。


でも…少し、小さい気がする。


客席の後ろまで、わずかに届ききらない。

また、恐る恐る手を上げる。

アナスタシアさんが、ちらりとこちらを見た。

次の瞬間、笛の音が大きくなる。

しっかりと、客席の後ろまで届く音。


これなら、大丈夫。

そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。

私の合図をちゃんと受け取ってくれた。

音が、変わった。

それは、私が手を上げたから。

小さなことかもしれない。

でも、確かに、私もこの音楽の一部になっている。



曲が終わり、音が止まる。



それから、団長が頷いた。


「悪くない」


短い一言。

でも、皆の顔が、少しだけ緩んだ。



「次の曲いくぞ。また最後まで通す」

「了解」


再び音が始まる。

私は、耳を澄ませた。

今度は、最初からバランスが良い。

笛も、ちゃんと響いている。

リュミの踊りも、音と完全に一つになっている。


——これが、本番の音なんだ。


今夜、ここに人が集まる。

この音楽を聴くために。

胸が、高鳴った。


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