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フェリクスはそう言って手を振りながら歩いていってしまう。
やったね、とリュミに言われるけれど本当にいいんだろうか。
巾着や服の補修で貰っていたのと同じくらいの金額がある。
仕事をしたというより手伝った程度なのにいいんだろうか。
唸って悩んでしまった私の頬を、リュミが両手で挟む。
そして私の顔を上げた。
「何か難しく考えてるでしょ、いいの!貰えるものは貰っとく。食べれる時に食べておく!これが旅では大切なんだから!早く行かないと練習始まっちゃうよ」
そう言われて、体は素直に動き出した。
物を介さない、自分が“働いた”ことへのご褒美。
初めての感覚だった。
市場へ向かう道は、昼の賑わいが少し落ち着きながらも、まだ活気が残っていた。
焼けたパンの匂い、スープに混じる香辛料、呼び込みと注文の声。
熱気に思わず一瞬たじろいで足が止まる。
「ほら、あれにしよう!絶対美味しいよ」
リュミが指さしたのは串に刺さった肉だった。
脂が落ちる音がして、思わず喉が鳴る。
「…これで、足りるかな」
先ほどもらった銅貨を、そっと確かめる。
「余裕余裕」
そう言って、リュミは私の手のひらから銅貨を3枚取り、残りはしまうように促した。
それから自分の巾着からも同じように銅貨を取り出す。
2人分の銅貨を手に、店の人へ大きな声で注文する。
「串、二つちょうだい!」
慣れた手つきで銅貨と串が交換された。
「あいよ。熱いから気をつけな」
手渡された串は思った以上に熱くて大きい。
指先に伝わる温度が、そのまま胸の奥まで広がっていく。
——お小遣いで、買った。
一口かじる。
思わず目を細めた。
塩気がちょうどいい。
汗をかいた体に、まっすぐ染み込んでくる。
「ね、美味しいでしょ」
リュミが得意そうに言う。
「…うん」
頷きながら、もう一口。
美味しいから、というだけではない。
この味を私はきっと忘れない。
「さ、食べたら戻ろ。音合わせ遅れると団長うるさいから」
背中を押され、歩き出す。
橋の向こうに舞台が見えてきた。
ランタンはまだ火が入っていない。
けれど、そこに音が生まれるのは、もうすぐだ。
私は歩幅を少しだけ早めた。もう既に何人か戻ってきているようだ。
「リュミ、リネ、しっかり食べてきた?ここから忙しいわよ」
舞台に戻るとユーシリアさんに聞かれた。
「はい、食べてきました」
力強く何度も頷くと、ふふ、と笑われた。
子どもを微笑ましく見る目をしている。
力が入りすぎたようだ、少し恥ずかしい。
「よぉし、やるぞ!」
気合いを入れ直したリュミは、音合わせまでの間、広い所で体をほぐすと言って客席の後ろの方へ歩いていった。
「次は、なにをしますか?」
口に出してみたものの、何を聞けばいいのか自分でも分からない。
音合わせの間、私は何をすればいいのだろう。
また周りを見て動けばいいのか、それとも何か…
「まず音合わせの時は、客席に座ってもらうわ。音が届いているか確認する作業なの」
楽器によって音の響きが変わるためそれを確認して大きさの調整をする必要があるそうだ。
それに、川の音も近いから川に飲まれていないかも確認する。
音の確認と一言で言っても何通りも確認事項があるようだ。
なるほど、と頷くけれど違いが私にわかるのだろうか、やる前から怖気付いてしまう。
「きっと大丈夫。やってみましょう」
ユーシリアさんの穏やかな声に、深く息を吸う。
やってみよう。
その時、舞台の方から短く弦を鳴らす音がした。




